羅山と崎門

丸山眞男氏は『日本政治思想史研究』で、
闇斎の家を訪れると獄に下る様な気持ちで、
家を出る時は虎口から逃れる気がしたと、
高弟の佐籐直方の発言を引用しています。

闇斎から破門された佐籐直方の発言や
彼の門人たちが記録した物が広まり、
直方の系譜に連なる稲葉黙斎により
崎門の人々に関する話が纏められた
『先達遺事』が出されています。

しかし他の門人達の発言等と比較すると
全ては鵜吞みに出来ないとされており、
まあ現代にも見られる話ではあります。

闇斉は儒教と言いつつも易姓革命を
否定した人物であったとされており、
天皇への絶対的に服従を要求する
危ない人物であったと言う話は、
以前記事に書いた事がありますね。

宇多天皇の頃は菅原道真が儒教を教え、
為政者が道に外れたら革命されても
仕方ありませんよと言う話だったのに、
天皇が酷くても服従を要求する思想が
神道とされたのはどうなのでしょうか。

儒教の教えと違うと主張した弟子を
破門した事などが知られてますが、
評判が悪かったのは確かでしょう。

しかし垂加神道側ばかりが酷いと
評判が立つのは都合が悪いので、
羅山の悪評を垂れ流す事により
同レベルに引き摺り下ろしたなら、
使う手の程度が低すぎますね。

現代でも都合の悪い相手を
悪者に仕立て上げる工作は、
オールドメディアだけでなく
ネットにも見られますね。

神を語りつつ行っている事が
神とは程遠い物であったなら、
その人の語る神とは何なのかを
考えなければならないのは、
現代でも同じなのでしょう。

私も表向きは環境問題などの
社会的な活動をしながら、
裏では神掛かりで神託を語り、
おかしな儀式をしている所に
酷い事をされた事があります。

裏で危険な組織と関わっており、
御神業ではなく黒魔術だろうと
思わせる雰囲気がありました。

神道系の新興宗教だけでなく、
スピリチュアル界隈にすらも
尾をひいている問題の根に
江戸の神道がありますが、
吉田神道や両部神道とは、
根本的に異なっています。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする