柿本人麻呂の歌に姫島が登場し、
姫島で投身自殺した乙女の名が
千代に伝わるという歌が、
小松にかけて詠まれています。
妹が名は 千代に流れむ 姫島の
子松が末に 苔むすまでに
難波潟 潮干なありそね 沈みにし
妹が姿を 見まく苦しも
この姫島はどこを指しているのでしょう。
姫島は難波潟にあった島の一つであって、
姫島神社御祭神の阿迦留姫(アカルヒメ)命は
天之日矛(アメノヒボコ)から逃れた妻で、
新羅から九州を経て姫島に来たとされています。
天之日矛は妻を追って日本まで来たものの、
住吉神に遮られ但馬に留まったとされており、
大阪府東成区の比売許曾(ヒメコソ)神社にも
阿迦留姫命の伝承が残されています。
私は天之日矛についてある仮説を立てており、
イザナギ神話と関係があると考えていますが、
古事記では妻イザナミを妹と呼んでいます。
この歌だけでは妹が誰かが明確にならないので、
様々な仮説が立てられると思いますが、
人麻呂が日本神話に精通していた事は確かです。
天之日矛についての研究は別に書くとして、
そもそもこの歌は妹が沈んだとしているだけで
投身自殺とは明示されていないですね。
姫島の乙女がアカルヒメであるとして、
アカルヒメが沈んだ伝承はありませんが、
イザナミは黄泉の国に降りています。
人麻呂は和歌で神話を歌っていますが、
古事記とは別の神話を知っていたのは、
侵略される以前の古代王朝との絡みでしょう。
彼が生きた時代は壬申の乱前後に跨がり、
古事記・日本書紀が正史とされる前の
ヤマトの在り方を経験しているので、
それが和歌に投影されている可能性が
全く無いとは言い切れないでしょう。
捏造された歴史に異を唱えると
酷い目にあわされる危険な状況下で
言挙げせずとして黙してきた中、
人麻呂は後世に向けて歌に暗号を残した
可能性があるのではと考えています。
この島が渥美半島の姫島の可能性があり、
破壊される危惧があり勿体ないので
地域振興に用いるために書いた本が
『東三河の徐福渡来』の原型ですが、
この島にはともかく色々とあります。
価値が分からないと利権や目先の利害で
長期的・総合的価値が棄損されるリスクが
懸念されるどころか普通に行われて来たので、
東三河でも歴史的に非常に優れたものが
数多く破壊されてきています。
破壊により起こる事象に責任が持てないなら、
基礎研究は確立しておく必要があるでしょう。
後の世代にツケを押し付けるより、
活用する事により地域の誇りを示す事で、
総合的な成果を上げる事例を出したいものです。