ギリシャ哲学と仏教

ソクラテスと同時代のギリシャ哲学には、
「万物は変化し、永遠不変の存在などない」
「万物変化せず、永遠不変の存在である」とする
真逆の二つの思想がありました。

前者を唱えたのはヘラクレイトス、
後者はパルメニデスで性格も真逆、
反りも悪かったようです。

パルメニデスは南イタリア西岸の
ギリシア人植民都市・エレア(Elea)出身で、
弟子のゼノンやメリッソス等の哲学者は
エレア学派と呼ばれたそうです。

存在の一元論や存在の多数性や運動の否定など、
何を言っているのか良く分からない学派の
実質的な始祖とされるパルメニデスが
若き日のソクラテスとの対話した内容が
プラトンの『パルメニデス』に記されています。

パルメニデスは感覚ではなく、
理論的思考こそ真理の探求に必要とし、
ソクラテスと単一者について、
理論的に探求しています。

真理に至るための探究の対象である
「あるもの(ト・エオン)」を、
不生にして不滅、全体にして一様、
完全にして揺らぐことなく、終わりなきもの、
かつてあったこともなく、
いずれあるであろうこともなく、今あるもの、
全体として一つにつながり合うもの、
とするパルメニデスは仏教的な感じがします。

対話の内容は荒だらけの理論にも見えますが、
禅の考案のようなものなのか、
後のソクラテスに大きな影響を与え、
後に「ピレボス」でも一者を議論しています。

単一者があるものとして存在すると
考えるべきか否かを議論しているので、
頭ごなしに肯定も否定もしていないところが
現代とは違うところですね。

プラトンに学んだアリストテレスが
膨大な理論体系を作りましたが、
アリストテレスの理論にも間違いがあり、
彼の理論構築した地動説が絶対視されて
後にガリレオが宗教裁判にかけられました。
感覚のみに頼るのを否定しつつ、
自分の考えを絶対視するのも
同じ穴のムジナかも知れませんね。

不生不滅、不変不動、不分不断にして、
全体が一様なものとして完結し、
時を超えて自己充足している完全なるもの、と
ト・エオン、単一者についての内容が
何か般若心経のような感じもしますが、
仏教僧からみてどうなのでしょうか。

こういう内容は聞きかじりではなく
原文を読み全体が分かった上で語るべきですが、
色即是空、空即是色と言うので、
ヘラクライトスとパルメニデスは
片面しか見ていなかっただけでしょうか。

般若心経は大乗仏教の経典で、
釈迦の教えではなく作者も分かっていません。
大乗仏教は紀元前後に起こったとされますが、
ギリシャ哲学の影響もあったのでしょうか。

儒教経典の易経には三易と呼ばれる概念があり、
変化しないものを基盤に変化していく状況に
シンプルに対応していく事を語っています。

儒教・仏教・道教などの東洋思想の比較や
仏教とキリスト教の比較などなされていますが、
キリスト教はプラトン哲学を取り込んでいます。
東洋思想とギリシャ哲学の比較検討は少ないので、
今後このジャンルの研究が進んでいく事を
期待して記事を書いています。

秦帝国にギリシャの影響が見られるとすれば、
秦の始皇帝を欺き渡来した徐福や仏教哲学にも、
ギリシャの影響があってもおかしくありません。

これらの研究が進めば飛鳥時代の仏教の認識が深まり、
古代日本の在り方がより明確になるでしょう。

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