中世の神道と密教

両部神道から多くの神道流派が作られ、
中世末期には真福寺蔵『神祇秘記』に
「神道に十二流あり」と記されています。

両部神道系諸派の秘事・秘説の伝授が
密教の相承に倣って灌頂・伝授を介して
師から弟子へと相承されて行った事が、
神道灌頂(神祇灌頂)と呼ばれています。

神道灌頂は鎌倉中期にはあったとされ、
ここから形成された神道の説の中核は、
最極の典籍である『日本書紀』および
『麗気記』の伝授において行われた
日本紀灌頂・麗気灌頂とされています。

その他、伊勢灌頂、父母代灌頂、
和歌灌頂、天岩戸灌頂、
三種神器灌頂等があったそうで、
どれだけ神道と密教が深い所で
関わっていたかが分かりますね。

しかし『日本書紀』については醍醐天皇が
契丹に朝貢を行った『遼史』の記述から、
疑問点が浮かび上がって来る事になります。

これは醍醐朝とは別系統の百済からの
侵略者であった天皇家の歴史書であり、
既に広まっていた両部神道の情報から
都合の悪い部門を消去・捏造する事で
特定の方向に誘導しようとした可能性を
検討せざるを得なくなって来そうです。

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