羅山の歴史学は考証学的な傾向があり、
中国の歴史学の伝統を継承した物とされ、
歴史を学ぶ事で今を鑑みる鏡とする、
儒教的な思想がベースとなっています。
『本朝編年録』の編修を宇多天皇で中止し、
六国史や『古事記』『旧事紀』の記事にも
中国・朝鮮の史料と照合が行われています。
宇多天皇と言えば菅原道真を登用し
院政や熊野参詣を始めた天皇とされ、
私の研究ではこの周辺から契丹と
朝廷が関係を持ったと見ています。
羅山は天皇云々自体はどうでも良く、
道に合致した政祭を行う事こそが
学問において重要と考えていた節が
見受けられる話になって来ますね。
江戸幕府が天皇の権威のみを利用し、
京都でおかしな事を行わない様に
監視下に置いていた事を考えると、
侵略者側の北朝天皇はどうでもよく、
権威だけを利用する方針であって、
羅山もこれに賛同したのでしょう。
下手に潰そうとすれば戦になり、
信長から家康までの流れでは
南朝天皇が正統とされたので、
天皇家の名だけ持ち出す事で
整合性を取ったのでしょうか。
幕末に西洋の脅威があった時も、
天皇の意向は無視して形式だけ
天皇の権威だけを利用する
幕府の動きがありましたが、
江戸初期からの方針ですね。
しかし羅山の歴史書は大火災で
焼失してしまったとされ、
これをショックに死亡したと
伝えられているところです。
しかしこの後に水戸藩において
『大日本史』の編纂が開始され、
天皇を絶対的な存在とした歴史が
江戸末期まで語られていく事で、
明治維新の尊皇攘夷に繋がります。
羅山の歴史書を江戸幕府が正統とし
幕末まで発布し続けていたとすれば、
明治維新が起こらなかった可能性すら
ゼロではないのが恐ろしい所です。
羅山の記憶力がズバ抜けていたのは
言及がなされる程であったので、
再編しようとすれば十分に可能な
知的レベルは満たしていたでしょう。
この火災が意図的な物であるとすれば、
余りにおぞましい話となるだけでなく
羅山も殺された可能性も浮上しますが、
このクラスの犯罪を好んで行う勢力が
日本史上に存在していたのが厄介です。
私が苦労した研究成果を無料記事で
公開している理由の一つがこれで、
日本のDSの存在と恐ろしさについて
認識が広がらないと危険極まりない
展開が想定されるからですね。
現代でもこの流れの上にある所に
警戒心も無く関わってしまって
痛い目にあっている事例があり、
幾らでも似非宗教や偽の歴史を
捏造するのが厄介なところです。
この問題に対応する羽目になり
色々な情報が手に入ったので、
今まで誰も手を付けていない
研究を出している状態なので、
他で見られないのは当然です。
本人は良いと思って情報拡散を
している可能性はありますが、
それを否定しかねない情報を
シャットアウトしてしまう事の
危険性と責任は如何程でしょう。
検討する事を放棄する以上に、
問題が分かっても責任から逃げ
危険な情報を垂れ流しした事に
対応しないで問題が起これば、
どうすると言うのでしょうか。
追い詰める様なやり方をするのは
個人的に好きでは無いのですが、
裏でメールを送っても無視をして
垂れ流しをし続けている所が多く、
流石にこれ以上はNGでしょう。
もう時代的に次のフェーズへと
移行すべき段階に入っており、
偽物が淘汰されるだけであれば
自業自得で終わる話になります。
オウムの情報を拡散した事で
地下鉄サリンに繋がったなら、
精神分野の危険性への認識が
浅くて良いはずはありません。
大火災により江戸の神道に対して
著しいダメージがあった事件は、
これ以外にも確認されています。
そして徳川光國の『大日本史』編纂に
大きな影響を及ぼしたとされるのが、
羅山を敵視していた垂加神道でした。