羅山の著作の真偽

羅山の主著である『本朝神社考』の序文において

今我神社考に於ける、遺篇を尋ね耆老に訪ひ縁起を伺ひて、之を旧事紀・古事記・日本書紀・続日本紀・延喜式・風土記鈔・古語拾遺・文粹・神皇正統記・公事根源等の諸書に証して、以て之を表出す

と旧事記や神皇正統記を参照した事を伝えた上で
神仏習合思想や吉田神道が批判されていますが、
正保元年(1644)頃成立の『神道伝授』でも、

天照大神の孫天瓊々杵尊ヲ皇孫ト名ケ奉テ天降リ日本国ノ主トナリタマウ。此皇孫ステニ外宮ノ相殿ニマシマストキハ、豊受ノ神ヲ御膳ノ神ト申スヘカラス。此事、北畠親房ノ記ニノセタリ

と『正統記』の説を引用しているのですが、
歴代天皇の宿った心に清明なる神の徳と力で
国を統治して来た理念を神道=王道とします。

これらが今まで見た羅山の思想と
異なる物である事から考えると、
羅山の書とされた物の中にも、
別の著者による捏造が行われたか
後世に付け足された物があった
可能性が浮上して来そうですね。

『本朝神社考』は幕府の国家統治理念と
密接に関わった書とされているのですが、
儒学的な倫理観による幕藩体制の安定に
この書が関わっていたとされているのが
余りにも大きな問題となって来ます。

林羅山が唱えた理当心地神道は、
後期伊勢神道や垂加神道などにも
影響を与えたとされていますが、
この書が偽書であったとすれば、
江戸幕府の神道観や政治理念が
国学派の捏造となりかねませんね。

となると江戸幕府の神道や政治は
既存の認識とは異なる物であった
可能性すら浮上して来ますが、
これが隠蔽されていなければ、
明治維新の思想的な正統性すら
危うい物となっていた可能性は、
非常に高い話になりそうです。

『巵言抄』の周辺を研究する事で
羅山の見直しが要求される問題が
浮上して来ると言う研究者もおり、
日本支配のために手段を選ばない
危険な勢力が存在したのであれば、
羅山周辺の洗い直しは必須でしょう。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする