光國と祇園寺

光國が行った大規模な仏教弾圧は、
修験道や天台系が多いですが、
天台密教を持ち込んだ円仁が
文殊菩薩の聖地とされる五台山で
修行を行ったとされています。

私の研究では五台山の仏教は
アショーカ王の仏教であり、
源流から続く修験道もその
系統に属した可能性が高く、
大乗仏教系を弾圧したのでは
無かった可能性がありそうです。

水戸の調査出向いた時に、
祇園寺があったので参拝し、
色々と話を聞いてきました。

祇園と言う物の京都の祇園社とは
全く関係ない寺院とされており、
光國との関わりがある曹洞宗の
寺院である事を聞きました。

しかし仏教弾圧をしつつも
曹洞宗と関係していたり、
何かとおかしな人物ですが、
豊川稲荷を始めとした三河の
南朝系の真言密教系寺院も、
曹洞宗に改宗させられています。

室町幕府が曹洞宗との関わりが
深かったと推定するのであれば、
私の足利尊氏=平家の残党説から
光國=平家勢力説が浮上します。

祇園と言えば祇園精舎の守護神
牛頭天王と関って来ますが、
豊橋市の吉田神社の御祭神も
牛頭天王でありましたね。

水戸の吉田神社の神宮寺が
薬師と関わりがあるので、
牛頭天王の本地とされる
薬師如来と関わるのなら、
ここも昔からありそうです。

牛頭天王は小乗仏教側の仏で、
大乗仏教に取り込まれた後は
悪く言われるだけでなく
他の仏と習合していたりと、
かなり変質されていますね。

大乗仏教はアショーカ王の仏教を
名指しで小乗と批判しましたが、
大乗仏教の阿弥陀如来こそが
ペルシャの神ミトラであって、
水戸=ミトラ説を主張したくなる
衝動に駆られる所でもあります。

光國が仏教を弾圧しつつも
祇園寺に関わっていたなら、
鎌倉幕府を継承した江戸が
アショーカ王系の仏教を
奨励していた事に対して、
弾圧を加えたのでしょうか。

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