常陸三十三観音霊場は徳川光國の時代に
成立したものとされている様ですね。
巡礼の地域は茨城町から北茨城、大子、
栃木の馬頭町、城里町まで及んでおり、
中々に広範囲な巡礼ではありますね。
三十三と言えば都市伝説で有名な
秘密結社の階級の数でもあります。
ユダヤ教神秘主義カバラでは、
生命の樹のセフィラとパスを
合計した33が重視されますが、
関係は存在するのでしょうか。
私は平家=ペルシャ説であり、
ユダヤ教やネストリウス派の
キリスト教と密接に関係した
歴史的な経緯が存在しています。
聖徳太子は三十三代推古天皇の
摂政とされているのですが、
馬小屋で産まれたキリストと
重なる伝承が存在しています。
垂加神道がペルシャの信仰を
カムフラージュした物であれば
この周辺の説明になりますが、
これだけだと弱すぎるでしょう。
ただ光國は仏教を否定しており
八幡潰しも行っていますが、
なぜ観音霊場なのでしょうか。
光國が潰さなかった理由が不明で
分からない所が結構ありますが、
ここだけでなくトータルで見ると、
この仮説の度合いが上がります。
私は大乗仏教がペルシャにより
成立したとする説を本に書き、
一神教の影響を説明しています。
八幡は応神天皇と言われますが、
これは日ユ同祖論の主張であり、
それより前の時代から信仰された
菩薩であった事は研究済みです。
何かと水戸に平家の影が見えるなら、
尊皇攘夷にまで通じる水戸学に、
平家の関与が存在する可能性を
追及する必要性はありそうですね。
カバラは江戸の神道の中にも
見る事が出来るのですが、
背景の組織が危険なので、
深入りするだけの必要のある
情報ではあるとは思いません。