国学派では儒教を排除し日本特有の
精神を取り戻そうとする動きが、
本居宣長や賀茂真淵などによって
提唱されて来たとされていますが、
これには裏は無いのでしょうか。
江戸では藩校で四書五経が教えられ、
ここには『詩経』も含まれています。
詩には古代の政祭一致の現場で
用いられていた言霊が集められ、
天神地祇の祭祀の生々しい姿を
感じる事が出来るのが問題です。
天地の神々への祭祀の詳細を
現代で追及しようとした時に
障害となるのが翻訳です。
儒教経典の翻訳が悪い物が多く、
全く違った意味に解釈される
ケースが数多く見られますが、
江戸では漢文を漢文として読む
読解がなされていた事から、
詩の理解も深かったでしょう。
これは多神教的な世界観であり、
自然界の神々とどう関わって
農業や土木建築などを行うかの
本質に関わる領域となりますが、
一神教は自然を支配し略奪する
優越思想が根底にあります。
江戸初期では神道から密教を排し、
後に儒教を排除していく事により
洗脳による国家支配を進めたのが
一連の流れなら大問題でしょう。
神仏分離で神社から密教が排除され、
神主が修行を積んだ霊能者ではなく
教義をベースにした祭祀者となり、
神々と対話した吉田神道の世界とは
異なる神道となって来たのでしょう。
農業からも祭祀が無くなっていき
食で諸外国を支配する謀略が進み、
自然を破壊する開発行為の陰で
巨大な利権が動く事になったのが
ここ数百年の世界史の流れです。
明治維新で大きく変わったと
考えられる事が多いですが、
国学派が影響を及ぼしており、
江戸からの流れを視野に入れる
必要性が存在しています。
日本にも計画的・段階的に進める
組織的な陰謀が存在していたなら、
日本史の根底的な見直しが必要と
なって来るのではないでしょうか。