林羅山は儒教で幕府の運営を
良き物としようとしましたが、
伊勢でも神儒合一論を用いて
伊勢神道の再解釈が行われます。
衰退していた伊勢神道を復興して
後期伊勢神道と呼ばれていますが、
代表者の度会延佳は羅山と異なり、
日常の中にこそ神道を見出し、
民衆一般に開放したとされます。
神道が神代から今にいたるまで
消長があったにせよ伝わったのは
神道が最上の道であるからとし、
国学による神道復興の流れを
作り出したキーマンの一人です。
私から見れば羅山の逆張りを行い、
民衆を重視した様に見せかけつつも
国学で天皇中心の国家を樹立し、
お上に絶対服従を要求する流れを
出した様に見えてしまいますが、
後期伊勢神道は死ぬほど重要です。
何が問題かと言えば彼が外宮の
伊勢神道を本来のそれとは異なる
異質な神道に変質させた可能性が
非常に高い事だと考えています。
渡会と言えば花祭に出てくる
鬼神と問答する神主ですが、
この時点で怪しい雰囲気が
プンプンと漂って来ますね。
彼は江戸初期の人物であって、
彼がいなければ国学の流れが
出なかったと思われる程の
キーマンであったのですが、
多くの問題が存在したのを
見ていく事にしましょう。