林羅山の書いたとされる『本朝神社考』は
全国にある神社の由来を記した物とされ、
羅山の様々な能力が遺憾無く発揮された、
便利な神社の案内書として知られています。
上巻は伊勢の神宮や石清水八幡宮など、
平安時代以来朝廷から特に崇敬された
二十二の神社を記していますが、
中巻はその他の有力な神社であり、
下巻には伝説の話が多く見えます。
神儒合一を証明するため執筆され、
儒教の価値を理当心地神道の理論で
高める目的の書と考えられています。
浦島子や安倍晴明の十二神将の話し等、
下巻には特に必要の無い話しも多く、
多くの関心を惹くために書かれたと
考えられていたりする様ですね。
この書は平田篤胤も参考にしたと
言われている様なのですが、
蛇蠍の様に嫌っていそうなので
疑問が浮上してくる所しょう。
伊勢については両部神道について
羅山が知っていた可能性は高く、
石清水八幡宮も私も研究では、
全く違った歴史があった事が
確認されているところです。
現代に至る神社の歴史書の中に
捏造が混入していたとすると、
我々の考える神社のイメージが
根底から覆される可能性すら、
存在しているのかも知れません。
唯一神道より優れた天照大神以来の
皇道即神道とする理当心地神道を
羅山が『神道伝授』で提唱した話が
捏造であったとするのであれば、
彼の皇室史観も偽物となります。
天照大神より伝えられ神武天皇以来
代々帝王御一人に継承され続け、
近代の廃絶の危機から復活させた
羅山の神道書が偽書であったなら、
江戸以降の歴史を根幹的に見直す
必要性が生じて来るでしょう。