吉田神道の秘伝伝授

闇斎は保科正之とともに吉川惟足から
吉田神道を学んだとされています。

正之が惟足から「土津(はにつ)霊社」の号と
「四重奥義」と呼ばれる吉田神道秘伝を授けられ、
数日後に闇斎が「垂加霊社」の号を授けられるも
秘伝の奥義は授けられなかったとされますね。

しかし『家譜』にこの年の冬に惟足から
「吉田神道の伝を聞く」と書かれており、
一部の門人達がこの一文の解釈について、
正之が「四重奥義」を受けている時に
次の間に控えて間接的に伝授を受けたと
伝えていた事を谷省吾氏が記しています。

間接的に吉田神道の奥義を学んでおり、
その上で垂加神道が創出されたと言う
文脈で語られている事から考えると、
実際は表に出ない秘伝を知っていると
マウントが取られていただけでも、
裏を取る事が出来ない状態です。

吉田神道は伊勢神道を継承しており、
後期伊勢神道が本来の伊勢神道とは
異なる可能性があるのであれば、
吉川から学んだとされる吉田神道も
本物であったか怪しくなって来ます。

鎌倉幕府~南朝のイデオロギーが
伊勢神道であっただけでなく、
南朝で朱子学が学ばれていたなら、
源氏を継ぐとされる徳川幕府でも、
これらが尊重されるのが普通です。

しかし特定の勢力によりこの学問の
真実の姿が隠蔽されて別の方向に
少しづつ誘導されて来たとすれば、
我々の知る江戸以前の精神性は、
虚像であった可能性がありますね。

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