伊勢と下賀茂

闇斎が神道に関する文章を最初に著したのは
明暦元年(1655)の『伊勢太神宮儀式序』と
伝えられてはいるようなのですが、
この年の春に塾を開いて本格的に
儒教を教え始めたとされていますね。

そしてこの二年前に鴨脚氏出身の娘を
嫁にした事が分かっているので、
下賀茂神社の影響を多分に受けて
伊勢と関わった事が推定されます。

『伊勢太神宮儀式』は『皇太神宮儀式帳』や
『延暦儀式帳』などとも呼ばれる書であり、
伊勢の神宮に関する最も古い記録とされます。

延暦二三年(804)に内宮と外宮の神官達が
それぞれ神祇官に提出した文書を纏めた物で、
鎌倉時代の書写が最古の現存する書とされます。

彼の序文には『伊勢太神宮儀式』の出版に伴う
序文執筆の依頼があった事は記されておらず、
色々と闇の中にあるのが気になりますね。

闇斎が個人的に同書を入手し序文を書いた
可能性は低いと考えられていますが、
闇斎の書いた序文には『倭姫命世記』の
引用と思われる部分が存在しています

嗚呼、神垂以祈禱為先、冥加以正直為本

これが垂加の語の典拠とされますが、
この時期に闇斎が『倭姫命世記』を
読んでいた事が推察されて来ます。

しかしこの『倭姫命世紀』と言う書は
失われていたのを発見して復興された
書とされてはいるのに発見されたのが
彼が序文を書いた後とされています。

そしてこの書は後期伊勢神道と呼ばれる
外宮の神道と密接に関わって来ますが、
ここから大本教の開祖にまですらも
関わってくる大きな話になって来ます。

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