太一の外在神化

江戸時代には儒教と神道が合一しますが、
中江藤樹も儒教的に神道を解釈しつつ、
一神教的な皇上帝の概念を提唱しました。

中江藤樹は31歳になると儒教の太一ではなく、
新たな神観念である皇上帝信仰を『原人』で
世に広めた事が知られていますね。

惟皇上帝。無極而太極。至誠而至神。二五之気惟厥形。無極之理惟厥心。其大無外。其小無内。厥理厥気自然而無息。妙合有生々。終始無時。惟万物父母也。分厥形以生万物之形。分厥心以命、万物之性。

皇上帝は無極=太極であるとしますが、
ここは朱子学をひいている表現です。

理と気とを妙合して万物を生々し、
その気を分けて万物の形を生じ、
その理を分けて万物に性を与え、
皇上帝は万物の父母とする思想は、
朱子学と殆ど変わっていないので、
認知はされやすかったでしょう。

しかし皇上帝には万物を主宰する
人格神的な表現が見られており、
人間に厳しい善悪の応報を与える
一神教的な絶対神と大差ありません。

自天子以至、於庶人。皆有天事。惟天官。惟天職

敬以脩天職。所其無逸。以勤労天事。則纔是人

と天職を修め天事を勤める事で
始めて人たりうるとしており、
全ての行為が天意に合うよう
強要される信仰となっています。

天は人間界・自然界に内在する理で、
人間界・自然界の外側にも存在して
造物者・主宰者とも働く存在とされ、
天と人間に緊張関係を要求します。

内在の理(神)の思想は林羅山や
朱子学的な思想と異なりませんが、
外で人間を罰する絶対神的な概念は
甫庵の思想と基本的に通じています。

江戸の神道を大枠の流れを見てみると、
幕府の吉田神道的・朱子学的な思想から
徐々に絶対神への信仰にシフトされ、
少しづつ本質が変質して来た流れを
確認する事が出来るでしょう。

この流れは林羅山が俗物であるとする
認識の上で形成されて来ていますが、
彼も羅山と同時代の人物であって、
僧侶として剃髪し官職に着いた羅山を
批判した事でも知られています。

羅山と同時代に江戸の官学とされた
朱子学と神道を合一させた神道家達が
羅山を酷くこき下ろしていますが、
羅山の神道の研究が殆どなされずに
国学が隆盛して来た背景を探ると、
恐ろしい闇が浮上して来そうですね。

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