幕府は江戸初期に宗派や寺院を対象にした
様々な法律を制定した事が知られています。
これらは後に諸宗寺院諸法度と総称され、
同時期には神社・神職を対象とした
諸社禰宜神主法度も作られましたが、
ここで寺院や僧侶に幕府が求める
あるべき姿が提示されたそうです。
Wikipediaに詳しく書いてありますが、
取り敢えず引用しておきます。
定め
・諸宗の法式を乱さない(混ぜない)こと。作法の悪い者がいれば必ず処罰せよ。
・一宗の法式を理解しない僧侶を住持にしないこと。また新規の法式や奇怪な説を唱える事を禁じる。
・本寺・末寺の秩序を乱さないこと。本寺は末寺に対して理不尽な振舞いをしないこと。
・寺請の選択は檀家の意思に基づき、僧侶が檀家を奪い合ってはならない。
・僧侶が徒党を組んだり、争いを起したり、副業をすることを禁じる。
・国法に反した者が寺に逃げ込んで来た場合は、届け出た上で、異議なく追い返すこと。
・寺院仏閣を修復する時は美麗に拘らないこと。また清掃は怠けることなく行わせること。
・寺領の売買・質入を一切禁じる。
・たとえ(在家の)弟子の希望であっても、正当な理由なく出家を認めてはならないこと。もし認めるべき理由はないが出家したいという者が現れれば、所属する領主・代官に相談して判断を委ねること。
条云
・僧侶の装束は分限に応じ、仏事儀式は、檀那が盛大にしてくれと望んでも、相応に軽微にすること。
・檀那が新たに寺院を創建した場合、檀那と本寺に相談の上で住持を決めること。
・住持の後任の契約に金銀を用いてはならない。
・在家に仏壇を構えて寺として利用してはならない。
・他人はもちろんのこと親類であっても、寺・僧房に女性を泊め置いてはならない。ただし、今まで通り妻帯を続けている者(宗派)は例外である。
これを見るとそこまで酷くは
取り締まられていませんが、
光國は水戸で遥かに苛烈な
仏教弾圧を行っています。
幕府の路線から遥かに逸脱した
仏教弾圧を行ったとするなら、
ほぼ異教徒の排除と言っても
過言では無さそうですね。
この影響は遥か後の明治維新で
全国に波及する事になりますが、
神を持ち出して理由をつければ
どんな残虐な行為も正統化される
一神教の影が見えないでしょうか。
ヨシュア記には異民族への残忍な
処遇が書かれているのですが、
契約の箱の威光で侵略を行った
聖書の記述から連想するのは、
水戸黄門の印籠と契約の箱の
類似性についてでしょうか。