方広寺鐘銘事件で羅山が豊臣への
言い掛かりをつけたとされるのは、
1752年編纂の『摂戦実録大全』を
その根拠としているようです。
摂戦実録大全は井上騰(末五郎)が
江戸末期の1849年に完成させた、
七十巻からなる大規模な写本と
されているようではあります。
彼の詳細は調べてもよく分からず、
同時代史料でもないこの史料が
羅山を悪逆非道呼ばわりする
根拠とされるのは問題でしょう。
写本であればそれ以前から、
羅山を悪く言う史料が流布し、
社会的にも認知されていた
可能性が高そうではあります。
しかし誰がどの様な背景で
その史料を書き広めたかは、
歴史を調べる上で非常に重要な
着眼点の一つでもありますね。
羅山への酷評が特定の勢力に
都合の良い情報であったなら、
この書で最も利益を得たのが
犯人である可能性が高そうです。
この路線で行けば山崎闇斎の
垂加神道側が有力候補ですが、
万が一にも羅山を落とし込める
史料を捏造までしていたなら、
神道ではなく悪魔教的ですね。