豊橋公園のアリーナ建設の問題は、
歴史を調べるほどに損失への
認識の薄さを感じさせられます。
豊橋や豊川は穂の国に含まれ、
外宮の豊受大神と関わる事は、
花祭の研究から導き出せます。
豊橋公園にあった神明社で
悪鬼の祭が継承されますが、
頼朝は石巻神社に善鬼の
面を寄進している上に、
度会神道成立に関与します。
花祭で榊鬼と問答する神主が
度会氏とされているので、
飽海遺跡で鬼の祭である
花祭が行われていたなら、
度会宮の神と関わる事は、
考慮すべき問題となります。
豊かな田の実りとなると
トヨタを連想させますが、
トヨタと飽海遺跡の関係は
存在しないのでしょうか。
浜松は銅鐸出土数が日本一で、
徐福渡来周辺から銅鐸時代が
始まっている事を考えると、
ここに徐福の王朝が存在した
可能性が高くなって来ます。
飽海遺跡から弥生式土器の
出土が確認されているので、
徐福王朝の時代から人的な
関与が存在していた説を、
導き出す事は出来ますね。
『牛久保密談記』には豊川への
徐福渡来伝承が記されますが、
徐福の子孫が秦氏を名乗ったと
書かれているのも大問題です。
豊橋には羽田八幡宮がありますが、
三ヶ日の初生衣神社で織られた
赤引きの糸を用いた神衣を、
豊橋の湊神明社から伊勢の神宮に
船で運ぶ「おんぞ祭」があります。
赤引きの糸は徐福が持ち込んだと
伝えられている曰く付きの物で、
以前は湊神明社も羽田神明社と
呼ばれていたとされるので、
徐福王朝と密接に関わります。
東三河には牛川や牛久保などの
牛に纏わる地名がありますが、
牛頭天王よろしく牛の角で、
鬼神を連想させて来ますね。
吉田城の敷地の中にあった
吉田神社の御祭神は変更され
スサノオとなっていますが、
江戸時代は牛頭天王でした。
豊田佐吉氏が機織り機を造り、
ここで苦労を乗り越えた事が
自動車産業で世界に飛躍する
基盤となっている事から、
トヨタの根幹に徐福王朝の
DNAが関わっていそうです。
同じく吉田城の敷地にあった
飽海神戸神明社の鬼祭にも
徐福王朝の絡みがあるなら、
この地下に眠る飽海遺跡も、
徐福王朝の機構の可能性が
浮上してくる事になります。
となると世界のトヨタに
飛躍した根幹に関わる
重要な聖地の飽海遺跡に
アリーナを建設してしまう
可能性が高いのでしょう。
トヨタの飛躍の原点となる
聖地を破壊してしまえば、
トヨタの業績が地に落ちる
可能性すら懸念されますね。
国宝級の文化的遺産であれば
活用しない事は考えられず、
確りと検討をした上でないと
後悔しても後の祭りです。
むしろここを活用する事で、
トヨタの更なる飛躍すらも
あり得る話であるのなら、
是非とも関係者に伝えて
一考して頂きたい話です。
トヨタが邪馬台国の宮殿を
保護して活用する物語は、
世界に向けて発信する事で
感動を誘う神話となり得る
大きな話となって来ます。
偉業として語り続けられる
功績が残せるだけでなく、
アメリカ追随の終焉以降の
新たなビジョンを切り開く、
気卯壮大な話になって来ます。