雑草を食べる14

摘んできたセリを色々と調理していますが、
シンプルなものでも結構きますね。
茹でて水切りしてワサビ醤油でも、
口に入れると吐息が出る位に
深い味わいが全身に広がりますね。

セリは水辺で採れますが、
川辺や池には水神を祀る社が
かなりの確率で見受けられます。

風水学では蔵風得水と言って、
良質の気が風に吹き飛ばされずに
水によって止まる事により、
その地域が繁栄すると言われます。

美味しい草も金はかかりませんが、
タダほど高いものはなく、
金を出しても得られません。

自然界は金銭を媒介にして
動いている世界ではないので、
金の理屈が通用する世界でなく、
関係性が大事になりますね。

農業も全てが農家の功績ではなく、
医者が自然治癒力の補助しか出来ない様に、
土や草の生命力がないと収穫出来ません。

農作物は商品として扱うのではなく、
生命としてのリスペクトが必要ですね。

良質の水で育った草は美味しく、
生命の根源である水をどう扱うかは、
人間の根幹に関わっていそうです。

水神を祀ってきたこの国では、
日照りによる飢餓への対応以上に、
水を粗末に扱わずに尊重する事で、
水神を喜ばせてきたのでしょうか。

水神が喜ぶ事で水の気が良くなり、
その地域に様々な恩恵があるのなら、
国家祭祀としては外せません。

儒教経典の詩経には水神の詩が複数あり、
『神皇正統記』には徐福が儒教経典を
全典持ち込んだと記されているので、
水神祭祀が行われていたのでしょう。

自然との良い関係を作るには
川にゴミのポイ捨てなどをせず、
水神をリスペクトする古人の精神を
もう一度見直す必要がありそうです。

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