江戸時代前期の外宮の神職であった
出口延佳(でぐちのぶよし)は、
1621年に6歳で伊勢神宮の権禰宜となり、
衰退した伊勢神道を興隆させるために
『陽復記』、『太神宮神道或問』、
『神宮秘伝問答』等を著したそうです。
6歳と聞くと嘘っぽい感じですが、
延佳は儒教と伊勢神道を融合させて、
後期伊勢神道を形成しています。
それ神道と云は、人々日常の間にありて、一事として神道にあらずと云事なし
と『陽復記』で神道を日常の中にある、
日本人の生き方そのものであるとし、
『太神宮神道或問』ではこの神道を
「上一人より下万民まで行ふ旦暮の道なり」
と万人の日々の務めとしています。
私はこの出口氏こそ伊勢神道を
偽物にすげ替えた主犯格であり、
神道五部書を書き換え本当の
元伊勢などを封印した可能性が
非常に高いと推察しています。
彼がいなければ江戸の神道が
大きく変わっていたであろう
可能性が非常に高いと思われる
功績を残しているのですが、
彼は水戸学すらも影響を与えた
キーマンの一人でありました。
ここから国学の流れが出ており、
花祭に密接に関わる渡会氏とは
異なる思想の持ち主であった事は、
花祭に仏教の仏が関わる事からも
察する事が出来るでしょう。
一般的に言われるより遥かに深い
闇が存在していたであろう事は、
彼の生徒を見れば確認出来ます。