伏見稲荷とダキニ天
弘仁十四年(823)空海が二階観音堂に初めてダキニ天を祀ったとされ、寺の名が善能寺に改められたといいます。 もとは八条油小路ないし西...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
弘仁十四年(823)空海が二階観音堂に初めてダキニ天を祀ったとされ、寺の名が善能寺に改められたといいます。 もとは八条油小路ないし西...
伏見稲荷は空海が東寺の鎮守と定めた真言密教の守護神とされています。 五月の稲荷祭では東寺の門前で、東寺の僧侶が神輿を供養をする行事が...
後醍醐天皇が修したとされる真言立川流のドクロ本尊にダキニ天が関連していますが、危ないイメージのある女尊はいつ日本に来たのでしょうか。 ...
後醍醐天皇が伏見稲荷を信仰した事はある程度の認知がなされていますが、後醍醐天皇の敵となった足利尊氏も、伏見稲荷の信仰が篤かったとされます。...
後醍醐天皇が崇敬した伏見稲荷は元々は蛇(龍蛇)信仰の中心地で、秦氏が稲荷山に稲荷神を祀る以前は紀氏(三輪系)や賀茂氏系による管轄がなされて...
延元元年(1336年)十月の夜、足利直義により花山院に幽閉され、花山院を抜け出した後醍醐天皇は、暗闇の中、伏見稲荷神社まで来ると、神前で歌...