源氏三代の墓

源氏と言えば頼朝周辺が
有名な状況にありますが、
前九年・後三年の役で
奥州で戦った源氏の流れを
無視する事は出来ません。

この周辺の流れがなければ
鎌倉幕府は成立しておらず、
執筆するので参拝をして
話をつけてこようと思い、
遠方まで行って来ました。

義家の墓は鬱蒼としていて
いかにもヤバそうな雰囲気で、
後三年で残虐な行為を多用した
非道な記述が残されています。

こちらも色々と調べているので、
復権させたい旨の話をしたら、
例の如く墓の雰囲気が全く変わり
後光が差す様な感じになりました。

この奥にも墓があったのに
説明を見ても良く分からず、
色々と回った後に地元の人に
話を聞いて行けましたが、
ここも初めは酷い状態でした。

写真の雰囲気が良いので、
書いて良い許可が降りたと
思いたい所なのですが、
これらの墓は古墳の形状を
している様に見えます。

古墳と言えば行基の本に
色々と書いておきましたが、
鎌倉も行基との繋がりがあり、
根幹から地殻変動しそうな
気配のある話になります。

実地調査はこんな感じなので
平泉にも行きたい所ですが、
此方もヤバい場所があるのは
既に押さえてはいる所です。

墓に行った時の雰囲気から
その人となりを考えると、
既存の記述への疑問点が
数多く出ては来ます。

まあこんな事をしていると
コストがかかるのが難点で、
無料での垂れ流しをするかは
難しい所にはなってきます。

誰かがやってくれるのなら
辞めても良い話なのですが、
実地でも押し付けて踏み倒す
良からぬ輩は結構います。

神社なり墓なりを回っていると
死者と話をする様な感覚になり、
当時生きていた人もいずれ死に、
死んでも様々な事が継続する様な
独特な気分になって来ますね。

死んだらツケが踏み倒せるとは
到底思えない感覚になるので、
いずれツケが帰って来る時は
大変だろうなと思ってはいます。

源氏三代は現代に至るまで
大きな影響を及ぼ続けており、
とりあえず軽く復権させて、
本でガッツリやろうかと
考えている最中です。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする