仏教の分裂

インドではアショーカ王が仏教を保護し、
アショーカ王の仏教が世界に広まったと
伝えられています。

アショーカ王は一切の人々はみな我が子であり、
実の子がこの世においてもあの世においても
幸せであるように願うのと全く同様に、
全ての人々の幸せを願っていると布告しました。

この考えはアレクサンダー大王の
コスモポリタニズムに似ていますが、
二人は同時代の人物とされています。

仏教の分裂は複数あったと伝えられ、
アショーカ王の時代に説一切有部が残り
正当な大衆部はインドを見限り移住、
後に大乗仏教の中観派と瑜伽行派に分かれる等、
一口に仏教と言っても幅広く意見の相違があります。

説一切有部は邪道扱いされる事が多いですが、
アショーカ王が世界に広めた仏教は、
この説一切有文と言う事になります。

アショーカ王の残した宝塔には、
全ての宗教がお互いを尊重して高め会う事が
記されている事から分かるように、
王の保護した仏教は純粋な仏教と言うより
他の様々な宗教・哲学と相互研鑽を積んだ
総合的なものであった可能性が高いです。

この学術的な相互研鑽の在り方は、
アレクサンドリア大図書館の
高度な研究に類似しています。

アレクサンダー大王はインダス川を渡れず
バビロンで死亡した事となっていますが、
マウリア朝の初代王と戦ったともされ、
インドとアレクサンドリアには
何らかの影響があった事が伺えます。

徐福がインドから薬師如来像を持ち帰ったと
伝承されている事から推察すると、
アレクサンドリア大図書館に類似した
包括的な宗教・哲学の研究の流れが
中国・日本に持ち込まれた可能性があります。

中国では秦の始皇帝による焚書が行われ、
膨大な文献が消失しましたが、
古代日本にこれらの文献が持ち込まれ、
徐福王朝でも優れた研究が
行われていたのでしょうか。

説一切有部が邪道とされたのは
アショーカ王の仏教の否定に他なりません。
インドでも中国と同様に焚書が行われ、
説一切有部の真実の姿が隠されたのでしょうか。

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