議論の仕方

ネット界隈では高市総理が
光側だの闇側だの言う話が、
様々な人により語られます。

江戸時代には寺子屋があって、
現代の教育とは異なる形での
学習形態が取られていたので、
現代とは異なるアプローチで
これらの課題に対処していた
可能性は高そうですね。

君子は和して同ぜずと言い、
同調圧力で意見が強要され、
これに反発した極端な話で
平行線にケンカになるのと
異なる議論があったなら、
現代でも参考になります。

戦後の大量生産を強要する
横並びの教育は時代遅れで、
真に考える実力のある人を
育成する必要があります。

寺子屋では論語を素読させ、
内容の解釈を一通り出させ、
その後に検討したとする
記述を見た覚えがあって、
かなりの衝撃でしたね。

現代では人の言った事に
すぐ言い掛かりをつけ、
自分の粗は棚上げしつつ、
どちらが正しい間違いの
口論になる事もあります。

事実と主張の区別すらも
ついていない事もあり、
誰々が何を言った話は
データでしかないのに、
この真意はこうだと
断定するのは問題です。

大抵は他者批判の裏には
表に出せない感情があり、
本音を隠して議論すれば、
建設的にはなりませんね。

まず議題を決めたなら、
データだけを抽出し、
想定される様々な線を
全て出し尽くした後に、
検討を加えていきます。

各々にどう感じるか、
疑問点は無いか等を
検討して行った場合、
複数案を検討するので、
どちらが正しいかとは
異なる展開になります。

ここで状況を分析して
終わりでは弱いので、
そこからどうするかも
様々な案を出し尽くし、
検討を加えましょう。

各々の案には固有の
メリットデメリットが
存在していますが、
直感的にどうなのかも
表現してみましょう。

ここで直感や感情を
抑圧するのは問題で、
自己理解を抑圧すると
中々上手くいきません。

何もしない事も選択肢ですが、
他よりメリットデメリットが
どうなのかは状況毎に違い、
感覚的にどうか明確にすると、
色々と気付く事があります。

所謂ブレーンストーミングが
江戸時代になされていたなら、
現代日本が議論に問題ありと
言われる事が多い事には、
教育の質の低下があります。

江戸の文化水準の高さは
調べる程に驚きますが、
庶民が趣味で高等数学を
解いていた時代であれば、
現代が一番賢い時代だと
考える事が大間違いです。

江戸のイメージが悪いと
見直す動きに繋がらず、
知的水準が低いままで
いて欲しい勢力があれば
都合の良い話になります。

封建主義の一言で江戸時代を
分かった気になるのではなく、
特定の勢力の都合で悪印象を
持たされている可能性にも、
目を向けると良さそうですね。

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