導き稲荷
吉野の金峯山寺の足下に、小さな稲荷社が存在しています。 1333年、後醍醐天皇が夜中に吉野に逃げる途中に道に迷い、 むば玉の暗...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
吉野の金峯山寺の足下に、小さな稲荷社が存在しています。 1333年、後醍醐天皇が夜中に吉野に逃げる途中に道に迷い、 むば玉の暗...
空海には様々な伝承が残されますが、やはり史実とは思えない物もあり、その背景を考えさせられます。 唐で真言密教を学び終えた空海は、師か...
やっと銅鐸の本を販売開始できましたが、 かなりマニアックな本に仕上がってしまい、 今までどこにも言われていない内容が 記された本になったと思...
稲荷と言えば狐を連想しますが、インドのダキニ天は屍肉を漁るジャッカルに例えられていました。 仏典でジャッカルが中国に伝えられた時、中...
大和時代の伏見の秦氏の伝承に、秦大津父(はたのおおつち)が、稲荷山で二匹の狼が血まみれになり争っていた場所に遭遇したので、諭したとする物が...
伏見稲はダキニ天と関係がないと一般的には考えられていますが、伏見稲荷大社の神宮寺であった真言宗東寺の末寺である愛染寺の初代住持である天阿上...
メルマガ読者と三河南朝の実地調査に行ってきましたが、南朝天皇に纏わる場所は色々と雰囲気が違いますね。 蒲郡市の山の中腹に鎮座する相楽...
怪しげな歴史を伝える古歴古伝で一大ブームを巻き起こした竹内文書は、竹内巨麿呂が天津教を創設して色々な騒ぎを引き起こしましたね。 後醍...
国会図書館本『保歴間記』の建武四年(1336)春の記述に「顕家卿打負テ多賀ノ国府ヲ落」と記されている内容の解釈が古代に国府の置かれた宮城県...
三河南朝の研究では後村上天皇と多賀の地が関係付けられていますが、興味深い事に東北においても、後村上天皇と多賀が関係しています。 多賀...