相楽神社と後村上天皇
メルマガ読者と三河南朝の実地調査に行ってきましたが、南朝天皇に纏わる場所は色々と雰囲気が違いますね。 蒲郡市の山の中腹に鎮座する相楽...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
メルマガ読者と三河南朝の実地調査に行ってきましたが、南朝天皇に纏わる場所は色々と雰囲気が違いますね。 蒲郡市の山の中腹に鎮座する相楽...
怪しげな歴史を伝える古歴古伝で一大ブームを巻き起こした竹内文書は、竹内巨麿呂が天津教を創設して色々な騒ぎを引き起こしましたね。 後醍...
国会図書館本『保歴間記』の建武四年(1336)春の記述に「顕家卿打負テ多賀ノ国府ヲ落」と記されている内容の解釈が古代に国府の置かれた宮城県...
三河南朝の研究では後村上天皇と多賀の地が関係付けられていますが、興味深い事に東北においても、後村上天皇と多賀が関係しています。 多賀...
東三河の西の端に聳える砥神山は昔から三河富士と呼ばれる様に、遠方から見ると独特の威容を放ち、富士山同様に御神体山であった事を十分に感じさえ...
東三河には兎に纏わる神社が複数存在し、兎足神社、兎頭神社と関係がありそうな特殊な名称が見受けられます。 兎足(ウタリ)神社は兎の神輿...
江戸時代の地理書『三河国二葉松』には、古代の豊川市赤坂町(赤坂嶽ヶ城)に草壁皇子の皇居があったとします。 草壁皇子は天武天皇の子供で...
豊川市御津町下佐脇字御所には、大宝二年(702)十月十日に持統天皇が伊勢より船に乗り御津の湊へ上陸した後に三河行幸した行在所跡地があり、近...
復古神道で有名な平田胤篤が三河に来た時、御津、御馬、御油等の貴い地名があったので、地名の由来を研究したそうです。 羽田八幡宮の羽田野...
豊川市上佐脇の佐脇神社のご祭神は大山昨命とされており、比叡山の守護神である日吉大社を勧請したものとされています。 明確に記録に残され...