発心門王子と古代神道

熊野古道を散策しようと思い立ち、
バスで発心門王子まで行きましたが、
中々目的地にたどり着かない感じは、
拷問を受けている気分になりますね。

熊野からはバスや電車が少ないので、
一本乗り遅れると一時間以上待ったり、
喫茶店もコンビニのイートインもない駅で
一時間半も乗り換えに待つ等の苦行は、
古道を歩く以上にキツい物がありました。

アスファルトで整備された部分は
熊野古道の趣がなかったですが、
古いままの道を歩くのは感慨深く、
八割方歩いた辺りで余分な事を考える
余力が尽きて無の境地が味わえるのは、
中々に良い経験にはなります。

発心門に祀られていたのは饒速日命で、
先住民族の太陽神が古道にあるのは、
熊野修験がこれに関わっていて、
復興させたからなのでしょうか。

熊野に饒速日が祀られた背景には、
鎌倉幕府から南朝にかけての
先住民族祭祀の復興活動が関わり、
この時代の熊野は現在想像されている
熊野のイメージとは全く違った形態の
徐福や役小角信仰が存在していそうです。

上皇の熊野参詣は花山上皇は別格で、
権謀術数で排除されて修行の道に入り、
安倍晴明と共に花祭に関わっているので、
どちらかと言うと先住民族祭祀サイドで
活動していたのが花山天皇です。

それ以外では鎌倉幕府と戦った
後白河上皇も異常な数参詣しており、
何かと謎の多い熊野の歴史ですが、
その根底にあるのは饒速日に連なる
古神道が存在していたのでしょうか。

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