飽海遺跡の発掘調査

詳しい方と飽海遺跡の資料を
調べる機会があったのですが、
飽海遺跡の調査は為された物の、
余り深くは掘られていませんね。

0.2mや0.5m程度の深さだと、
江戸まで行かない可能性も
あると言う話を聞きましたが、
私が提唱している説になると、
古墳時代か弥生時代までの
深さを掘る必要があります。

古墳時代は卑弥呼周辺から始まり
弥生時代は徐福と関係するので、
ここに行政機構が存在したのが
どの時代からかが問題となります。

飽海遺跡で古墳が見つかった事は
今回初めて知った話なのですが、
飽海神戸神明社に倭姫の伝承が
残されているのも問題です。

倭姫と言えば伊勢の神宮を
現在の場所まで遷したとされ、
これが何時の時代かにより、
飽海遺跡の歴史の深さと
リンクする事となります。

倭姫となると伊勢の神宮との
絡みが出てくる事になるので、
神道関係者で無視する人は、
資格が問われかねませんね。

飽海神戸神明社の倭姫伝承は、
中々ネットでも広まらない
鬼門の話になっていますが、
飽海神戸神明が伊勢の神宮の
鬼門にあたっている事からも、
特に重要な線が濃厚です。

倭姫と言えば京都周辺を
転々とした伝承だけが
広まっているのですが、
なぜ歴史系のYoutuber達が
取り上げないか不思議です。

昔の事は確証的な事が言えず、
様々な説があるで良いように
思われる節はありますが、
ドヤをすると後で引っ込みが
つかなくなる事がありますね。

私は飽海遺跡の保護活用のため、
歴史的価値の提示を行う事で
検討して頂く目的でやっており、
根拠をもって否定をするなら、
議論の広まりが出て来ます。

スルーされると研究が進まず、
後から価値が分かっても
破壊されれば後の祭なので、
取り上げない事は棄損行為と
ほぼイコールだとは思います。

アリーナを開発している時に
つまらない物が出土しても、
無視して開発を進める話が
あがっている様なのですが、
邪馬台国の神殿であれば、
価値は余りに大き過ぎます。

豊川稲荷の本に書いたのは、
飽海遺跡がヘレニズムと
関係している説なのですが、
これが本当なら国内を越え
世界的な価値すら有します。

海外に翻訳して流すための
スタッフを募集したい所で、
多言語翻訳が可能な人達を
集められればと思いますが、
やりたい人はいるでしょうか。

もしいらっしゃればコメントで
一言お願いしたいところです。

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