空海が通説で言われるより前の
遣唐使として渡唐していたなら、
同期とされる最澄との関係も
気になる所になりますね。
空海と最澄は同じ時期に
遣唐使になったとされますが、
別の船に乗ったと伝えられ、
直接対面したのは帰国後の
出来事と記録されています。
まあこれだけでは弱い根拠で、
最澄が国の代表とされたのに
空海はそうでなかったので、
区分けされていたからとも
見る事は出来そうです。
しかし最澄の帰国は遣唐使の
翌年の805年とされており、
空海よりも早く修行して
帰国した事になってしまい、
こちらの方が謎となります。
空海の謎ばかりが取り上げられ、
こちらは中々にマイナーですが、
菅原道真公の祖父も最澄と共に
渡唐したとされているので、
菅原道真編で書いたように、
歴史の闇に関与していそうです。
天神信仰=プレ伊勢神道=鬼道が
私の提唱している説ですが、
菅原や橘も密教と関係した事は
間違いない話ではあります。
アショーカ王の仏教では、
修行により神々と通じた
政治が行われていた事が
王の碑文に彫られており、
古代の政祭に関わる者には、
密教が必須だったのでしょう。
ここは三遠式銅鐸の本に
詳しく書いた所ですが、
銅鐸とアショーカ王の仏教の
関係を知りたい方であれば、
読む価値は十分にあります。
現代は人としか交渉しない
政治分野ではありますが、
都市開発や農業において、
自然界の神々との交渉は、
古代の世界観では必須です。
遣唐使が密教を輸入したのは、
宗教・呪術的な理由のみならず
政治的な意味があったのなら、
近代の方が特殊なのでしょうか。
現代日本は宗教法人法があり、
宗教における金の問題が
厄介な状態ではありますが、
この時代では国家による
運営であったのであれば、
この問題とは無縁でしょう。
江戸幕府も天海僧正が
密接に関わっていますが、
世界史上で非常に希有な
高い識字率や高度な文化を
長期で継続させた幕府への
密教の影響は甚大です。
天台密教の腐敗については、
織田信長が対応していますが、
信長も忌部氏であったので、
神道の深層に関わっています。