神道と話す草
記事ばかり書いていると疲弊しますが、やはり花や木や川には癒されますね。 南朝の調査に出掛けた帰りに朝倉川を渡って来ました...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
記事ばかり書いていると疲弊しますが、やはり花や木や川には癒されますね。 南朝の調査に出掛けた帰りに朝倉川を渡って来ました...
弘仁十四年(823)空海が二階観音堂に初めてダキニ天を祀ったとされ、寺の名が善能寺に改められたといいます。 もとは八条油小路ないし西...
後醍醐天皇が朱子学を官学として導入し、武士を初め多く学ばれたとするなら、これを詳細に調べる事により、南朝の政治思想を知る助けになります。 ...
伏見稲荷は空海が東寺の鎮守と定めた真言密教の守護神とされています。 五月の稲荷祭では東寺の門前で、東寺の僧侶が神輿を供養をする行事が...
後醍醐天皇が修したとされる真言立川流のドクロ本尊にダキニ天が関連していますが、危ないイメージのある女尊はいつ日本に来たのでしょうか。 ...
2021年6月10日に金環日食が起こります。 天と人が感応するとして天文が発達し、天の異変の政治への影響が議論された事は、儒教の経典...
愛知県豊川市に勝山城跡が存在します。 元弘三年(1333)の足利尊氏の戦功により熊谷直鎮が三河国八名郡に所領を賜わり築城したとされる...
後醍醐天皇が伏見稲荷を信仰した事はある程度の認知がなされていますが、後醍醐天皇の敵となった足利尊氏も、伏見稲荷の信仰が篤かったとされます。...
現代でも無礼講は用いられますが、後醍醐天皇の行った無礼講はヌードパーティーの様なもので、表面を偽装し鎌倉幕末を打倒する議論を重ねたとされて...
後醍醐天皇が崇敬した伏見稲荷は元々は蛇(龍蛇)信仰の中心地で、秦氏が稲荷山に稲荷神を祀る以前は紀氏(三輪系)や賀茂氏系による管轄がなされて...