鎮花祭と御霊会
志多羅神上洛事件の六十八年前に、京都の真言宗寺院である神泉苑で、怨霊等の祟りを鎮めるために、御霊会が行われたそうです。 この時代は疫...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
志多羅神上洛事件の六十八年前に、京都の真言宗寺院である神泉苑で、怨霊等の祟りを鎮めるために、御霊会が行われたそうです。 この時代は疫...
神泉苑については既に記事にしましたが、ここを御鍬祭発祥の場所とする記述が『三河聰視録岡崎記』に残されています。 読みにくい文章だと思...
そろそろ桜の花が綺麗に開いてきて、春を感じさせる景色になってきましたね。 花祭の調査で花の由来を調べて桜についても本に書いた...
江戸時代に農具の鍬を御神体とする謎の神の祭が流行しました。 鍬神は天和二年(1682)を上限として、定期的に東海・中部地方を中心に、...
犬山市の桃太郎神社参拝の帰り道に、尾張国一宮の真墨田神社に寄ってきました。 ここは七世紀に創建されたと伝えられ、天武天皇側の村国男依...
古代日本は中央集権的な律令国家で、壬申の乱の後に天武天皇が確立し、後に天智系の光仁天皇によって、再建が行われたとされています。 光仁...
今日は年の起点となる春分の日ですが、春分・秋分を結ぶレイライン上の聖地群に犬山市の桃太郎神社が位置しているそうで、鬼道との関係が気になり参...
江戸時代は儒教のみで運営されたと考えられているようですが、林羅山は家康のブレーンとなり儒教を普及させただけに留まらず、『神道伝授』『本朝神...
外宮の神主により記された神道五部書は偽書として扱われる事があるようです。 私の研究でも『倭姫命世紀』が明確に間違いとする事のできる根...
伊勢踊りは不定期に流行しましたが、大阪の陣や家康の死亡の時期とも被り、不吉なものとして取り扱われていき、大坂の豊臣家の片桐且元の家老は ...