熊野の歴史の捏造
川崎剛志は氏の研究論文である「『熊野権現金剛蔵王宝殿造功日記』という偽書」で特筆すべき成果を上げているとされます。 『熊野権現金剛蔵...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
川崎剛志は氏の研究論文である「『熊野権現金剛蔵王宝殿造功日記』という偽書」で特筆すべき成果を上げているとされます。 『熊野権現金剛蔵...
楠木氏は河内国の出身とされますが、本拠を置いた上地の名前を名字とする中世の武士の慣例から見ていくと、河内国の周辺に楠の付く地名はなく、名前...
熊野の調査に行った時はスケジュール的に カツカツの状態で急いでまわりましたが、 息を飲む光景は実際にあるものですね。 熊野那智大社の滝は非...
熊野古道に祀られる切目王子は、九十九王子の中でも特別視される五体王子の中に入っています。 切部王子、分陪支(ブベシ)王子、御所王子と...
九十九王子の中に猪鼻王子がありますが、南朝側の井伊氏が拠点としていた井伊谷は、浜名湖の北に隣接する猪鼻湖の東で、三遠エリアの中心に...
熊野には後醍醐天皇を助けた事から九鬼の名を授かった九鬼氏がおり、九鬼修験が継承されてきています。 上の点の無い鬼の文字が使われますが...
熊野の奥宮とされる玉置神社の摂社にある熊野三柱神社は三狐神(みけつかみ)とされ、「玉置山権現縁起」にこう記されています。 所謂天狐地...
熊野速玉大社の近くに鳳来山があり、この山の麓に阿須加神社が鎮座します。 阿須賀には徐福渡来伝説が残され、徐福一行が阿須賀の地...
ダキニ天は狐に乗っていますが、民俗学研究家の故吉野裕子氏は狐をインドでは彗星、中国では北斗七星を示すものと説明しています。 狐が北斗...
吉野の金峯山寺の足下に、小さな稲荷社が存在しています。 1333年、後醍醐天皇が夜中に吉野に逃げる途中に道に迷い、 むば玉の暗...