道教の変遷
小林正美氏は道教を研究し、『唐代の道教と天師道』の中で、唐の道教の定説にメスを入れます。 日本・中国や欧米の学界において、唐代の道教...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
小林正美氏は道教を研究し、『唐代の道教と天師道』の中で、唐の道教の定説にメスを入れます。 日本・中国や欧米の学界において、唐代の道教...
E.ライシャワーは彼の著作『円仁 唐代中国への旅』で、会昌の廃仏について記します。 彼は中国では四つの大きな仏教弾圧が行われており、...
会昌の廃仏は大弾圧とされますが、長安・洛陽や各州に僅かな寺院が残り、完全に根だやしにした訳ではなく、僧尼は還俗させられても殺されはせず、信...
唐で栄えた様々な仏教は、密教や五台山信仰もふくめ、廃仏を境に一気に衰退に向かったとされています。 しかし私はここに疑問があり、廃仏で...
道教に唆された武宗が様々な愚行を犯した事が語られてはいますが、仏教側の記述は残されてはいても、道教側の記述は一切残っていません。 少...
八四四年の後半になると、武宗の仏教弾圧が悪化したと円仁は日記に記しています。 非公認の僧を一掃して僧尼の私有財産を没収し、信仰を辞め...
円仁は、武宗が潞府の謀反鎮圧に送った兵達が失敗した事から、皇帝の激怒を恐れて国境地帯の罪なき農夫や牧者たちを捕らえ謀反人の捕虜に偽装させた...
円仁は聞いた話として、皇帝が道士に向かって、朕は二度朕は峯に登ったが誰も不死に到っていないのは何故かと聞いたと伝えます。 道士たちは...
円仁は武宗の愚劣な行為の中で、特に道教への盲信を強調します。 武宗と道士達は不死の峯(仙台)を建設した事が記されています。 道...
円仁は皇帝が道教の九天の道場を宮中の構内に建設させた事を、彼の日記に書き残しています。 八十の腰かけを積み上げた高さで上品な色の幔幕...