辛丑の年の抱負

2020年が終わり2021年が始まりました。

去年からこのブログを始めましたが、
見直してみると庚子の年でしたね。
十二支の子は花祭の本に書きましたが、
一(始まり)と了(終わり)が重なったのが
子の時期だとされています。

花祭は霜月神楽と呼ばれているように
陰が極まり陽が生まれ始める節目の儀礼で、
太陽の死と復活にも関わるものなので、
ブログで花祭の記事を書き始める等には
良い時期だったのかも知れません。

辛丑の年の抱負を考えようとすると、
丑寅の方位が鬼門なのが気になります。
花祭に登場する鬼神は鬼門と関わり、
この神は陰陽道で艮の金神と呼ばれ、
最悪の祟り神扱いされてきましたね。

節分に豆を撒いて鬼は外と言うのは
平安時代から始まった行事のようで、
邪馬台国の鬼道の否定のようですが、
節分と鬼門は密接に関わります。

節目の行為は全体に影響するので
この時期は大事にしたいものですが、
鬼を悪く扱っては一年も危なそうです。

子で蒔いた種が丑寅で根を張り、
卯の年で発芽する流れなので、
ここ2年程で準備をしたいですね。

庚は陽で正義も意味しますが
辛は陰で内に向かう流れなので、
棚上げして人の批判をするのではなく、
宝石のように自らを磨き上げるのが良く、
基礎分野の確立にも力を入れようかと。

2020年は新旧交代の時期だったので、
既得権などの粗探しに終始しても
自分には矛先が向かなかったのですが、
大義名分を掲げて大物振った発言をしつつ、
無責任な事をしていると危なくなりそうです。

花祭などの日本の伝統祭祀を扱ってきたので
東洋占術との関係なども一応は調べましたが、
以前は占星術師も公務員や官僚であったり
土御門家によるライセンスが必要であったりと、
現代とは違う扱いが為されていたようですね。

江戸時代では当然の如くこれらの分野にも
公的職務に相当する責任が要求され、
儒教ではオカルトで民を惑わせば
釈明の余地なく処刑であったようなので、
また厳しくなっていく気がします。

歴史を深く研究していくと、
東洋・西洋での区分の定義が曖昧になり、
薄っぺらいところだけ噛っただけで
自分が優れているとマウントを取ると、
後でメッキが剥がれそうな感じです。

アレクサンドリア大図書館での研究は、
遥かに高く深い見識が存在していたので、
本物志向でいきたい時期ですね。

神や伝統文化を出汁に教祖様になる様な
痛々しい事をする気はありませんが、
色々と気を付ける必要があるのは確かです。

庚も辛も五行の金に対応するので、
艮の金神に纏わる祭祀に関しては
追い風はありそうな年のがしています。

九鬼文書に記されたウシトラコンシンが
花祭と関係あるのは分かっているのですが、
鬼と書い神と読むだけでは九の意味が不明で、
八方位と中心で九となっているのか、
九柱の女神ミューズを意味するのかは、
まだ調査している最中です。

今年の節分は鬼は外で鬼を虐めるのではなく、
鬼神と共に楽しみ会える一年とするための
一年の抱負を明確化しては如何でしょうか。

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