徐福と土師氏

土師氏は古墳を造った氏族とされ、
前方後円墳が有名ではありますが、
円墳だけでなく方墳も存在します。

東三河は古墳の密集地ですが、
前方後方墳が数多くあり、
これを造った土師氏が
行基と共に行動したなら、
土塔の謎が解けそうです。

土生田純之氏は『事典 墓の考古学』で、
方錐形の意匠にエジプトのピラミッドがあり、
外見的に方錐形の土盛りの規模が異なる物の、
中国秦始皇帝陵や前漢皇帝陵に類似すると
記されているようですね。

奈良県明日香村で発見された都塚古墳は、
日本では殆ど見る事の出来ない、
階段ピラミッド形状の方墳とされます。

毎年正月元旦に金鶏が鳴く金鶏伝説があり、
ヤタガラスに纏わる伝承でしょうが、
徐福とヤタガラスは深く関わります。

ヤタガラスにも二系統存在する事は
既に色々と書いて来ましたが、
三遠は徐福系の秦氏のメッカです。

この都塚古墳は石詰めで補強し
土で舗装した構造となっていますが、
石を瓦に置き換えると土塔になります。

秦から来た徐福が連れてきた百工の中に
秦始皇帝廟関係の技術者が存在し、
土師氏にこの技術が継承されたなら、
行基が彼らを使って造り上げた物が
土塔であった可能性は高そうです。

古墳も前方後円墳が有名ですが、
それに先行する前方後方墳があり、
円に四角を繋げた形状ではなく、
四角に四角を繋げた神殿のような
構図とものも存在しますね。

徐福がヘレニズムを持ち込んだ説は、
『三遠式銅鐸と古代出雲』や、
『東三河の徐福伝承』に書いたので、
詳しい説明が知りたい方がいれば、
そちらに目を通して下さい。

行基が三遠の徐福王朝に由来するなら、
土塔はヘレニズムの東西融合した技術の
結晶であったのかも知れません。

頭塔が立体曼陀羅である事も、
ヘレニズムで融合した仏教を
徐福が持ち込んだ事に由来する
可能性は高いのでしょう。

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