古代の音楽と浜松

銅鐸について調べていた時、
国会図書館で目を通した本に
渥美半島で発見された銅鐸について
議論している一節を見つけました。

本のタイトルは忘れてしまったのですが、
「日本諸手船」に渥美半島で発見された
銅鐸の使用法について議論している一節があり、
徐福が持ち込んだ儒教経典の『楽経』を読めば
分かるだろうと語っていたとしています。

日本諸手船の原文にあたろうと
国会図書館で調べましたが見つからず、
これ以上の研究は進んでいませんが、
銅鐸に失われた古代中国の音楽理論が関わり
『楽経』が徐福王朝で花開いていたとすれば
王朝と音楽の関係はどのようなものだったのでしょう。

この本には音と気との関係を始めとして
軍事・教育・政治・儀礼・教育など
古代中国の文献に書き残された
実社会の様々なジャンルと音楽の関係が
広域に渡り記されているので、
現代の音楽理論とは違う観点が得られます。

古代には太陽の周りを巡る天体が
音楽を奏でているとする思想もあり、
十二支と十二音階を関係させています。

人体も心臓がリズムを奏で、
四肢五体や内臓が調和していれば健康で
不調和であれば不健康になるのは音楽と同じであり、
家庭や職場の人間関係にも通じていそうです。

池の水面が風に吹かれ日の光を反射して
キラキラと光の粒が輝いているのをみると、
耳はに聞こえない周波数で
綺麗な音楽を奏でている気分になります。

朝倉川

浜松は音楽や楽器でも有名ですが、
三遠式銅鐸の出土した地でもあります。
徐福王朝を活用した地域振興として
古代の音楽理論を見直し、
広域な音楽事業の展開を行えば、
歴史に埋もれた地域の力を取り戻し、
更なる飛躍が見込めるでしょう。

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