江戸の神道を調べていくと、
明治以降に伊勢派と出雲派の
対立が存在した歴史について、
様々な疑問が出て来ますね。
これに関して去年の実地調査で
気になる情報を収集しており、
平家が出雲と戦った事などの
様々な要素が関わる可能性が、
最近浮上して来ている状態です。
ここの深層を究明するには、
私の歴史研究の前提の上で
織田信長や江戸の歴史まで
解明した上ででないと、
提示出来ない説があります。
出雲に纏わる口伝なども、
大きな文脈で見直すと、
様々な問題が出て来ます。
まあこれについて書くのは
余りにも問題があるので、
出せないと思っています。
皇族の結婚などにも関わる
現代も影響が存在している
問題となってしまうので、
軽々しくは書けませんね。
こう言うデリケートな問題は
扱うのが非常に難しいので、
武蔵野御陵にまで出向いて
昭和天皇の墓に参拝する等、
事前に色々とやっています。
門番2人を除いて誰もおらず、
人払いされたかの様な空間で
参拝して来た事がありますが、
聖人と言うより大化物の様な
ビリビリした気配を感じつつ
話をして来てはいますね。
特殊な能力を持っていないので
返答があっても分かりませんが、
強烈な気配を出してはいたので
大物だった感触はありました。
とは言っても執筆を始める前で、
世の中の動きに関心があっても
天皇家に関わる歴史を書くまでは
想定していなかった段階の話です。
この後なぜかトントン拍子に
歴史の本を書く事になって、
軽く触れるだけの予定なのが
流れで大幅に変わっています。
邪馬台国ならロマンとして
地域振興に使えば良くても、
南朝以降はかなりヤバめな
領域にまで触れています。
これも現代が大きな時代の
転換期に入ったためなのか、
世情が様々にリンクすると、
難しい判断が求められて、
中々苦労が絶えないですね。