遺構の調査

今年の始めに京都に行った次の日に
某御神体山に上って来たのですが、
かなり酷い目にあいましたね。

道標に遺構と書いてあったので、
遺構に行こうと言ったからなのか、
急に雲って雪が降って来たので
死ぬかと思う寒さになりました。

汗をかいていたので体温低下が
著しかったのが厄介なところで、
山は自己責任なのを実感します。

山頂に行くと黒雲が怪物の様で、
この世の物とは思えない風音が
断末魔の悲鳴を上げている様に
聞こえてくる経験をしました。

神社に行く頃には晴れましたが、
下山する頃にはマトモに歩けず
何度か足を滑らせていたので、
五体満足で下山できたのは、
運が良かったからでしょうか。

この山には珍しい遺構が存続し、
大本教でも言及されたようで、
どうやって山の上に大きな石を
大量に運んだのか分かりません。

熊山に存続するピラミッド型の
三段の構造物の歴史的な解明は
なされれいないのが現状ですが、
大本教では素盞嗚大神様の墓と
語ったとの情報がありますね。

私が行った時に感じたのは
嘘やろが偽らざる本音で、
和気の地名が近くにあって、
和気清麻呂墓説も存在します。

韓国の義城(ウィソン)遺構や
安東(アンドン)遺構なども
類似性が見られはしますが、
奈良の頭塔や大阪の土塔とも
似た雰囲気を感じさせます。

行基の建立した土塔になると
三段構成ではなくなるので、
どう扱えば良いかについては
色々な説が出ては来そうです。

タジキスタンのヴァン遺跡の
仏塔に似ていると言う話も
存在してはいるのですが、
ソグド人による建立となり
危うい話になって来ます。

唐を滅亡寸前まで追い込んだ
危険な一神教勢力なので、
仏と言いつつ黒魔術的施設の
可能性すら浮上して来ます。

まあこう言うのは雰囲気から
良し悪しを感じられる物で、
実地調査が必要な所以です。

大本教等が絡まって来ると
余り不用意な発言も出来ず、
調査に経費もかかるので
有料記事にしていますが、
普通に一日潰れてしまう
労力のかかった情報です。

ただ私の感覚からすると
かなり危険な感じがし、
倭国を支配するための
呪術的な遺構であったと
思われる節がありますね。

この類いの遺構は歴史的に
謎とされてはいるのですが、
時代的には行基の周辺で、
私の行基の本を読めば、
ある程度まで分かります。

大乗仏教にはカバラが関わり
裏には魔術的領域が存続し
昔は呪術戦も普通でしたが、
現代も表に出さないだけで
普通に継続していますね。

豊橋公園のアリーナ開発も
この延長線上の可能性が
0ではないのが恐ろしく、
一旦建てられれば数十年は、
影響力が継続してしまいます。

これにどう対応すれば良いかで
執筆の材料を探していますが、
今回のは出しにくい情報で
お蔵入りになりそうなので、
こっそり出しておきます。

人に色々な説を聞くだけでなく
自らの感覚も重要になりますが、
写真の雰囲気は如何でしょう。

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