古事記の多重性

古事記とするギリシャ神話との関係を探っていくと、
綺麗に神話が対応型しているのではなく、
複数の神話にまたがっていたりします。

岩戸開き神話に対応するのはデメテル神話ですが、
食事をとらない女神にバウボが性器をあらわに踊る事で
心を和らげ食事をするようになりますが、
冥界から戻り世界に実りを取り戻す話とは分かれていて
岩戸開き神話とは綺麗に対応していません。

更に別の神話に対応している部分もあるので、
より神話の対比を面倒なものにしています。

デメテルはポセイドンに犯されますが、
アマテラスとスサノオの誓約に対応するとして
ゼウスにも犯されているのは何故でしょう。

ここで仮説として提唱できるのが、
一つの出来を複数の神話で多角的に
表現しているという可能性です。

この仮説は既に前から指摘されていて、
古事記が同じ事象を複数の神話で
多角的に表現しているという説は、
聖典の暗号』と言う本で提唱されています。

古事記と旧約聖書を対比させと
騙して力で表に出された神は偽の太陽神で、
本当の太陽神とは別物だとする
結論に行き着くようです。

古事記編纂時に聖書を知っている者が
聖書にギリシャ神話を被せたのが古事記なのか、
同型の神話が既に日本に存在していたのか等、
議論が別れる問題はあるのですが、
ギリシャ神話と古事記を対比させると
岩戸開きはどう言う結論になるのでしょうか。

ここから先がかなり飛んだ話になるので
理論構築するために積み上げるべき研究が
かなりのジャンルに及びます。

多分、私以外は誰もしそうもない研究なので、
途中でやめたら全て終わりですね。
最近かなりきつくなってきていますが、
何とか完成させようとは思っています。

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