ニュンペー

日本には池や川で水神を祀る神社を
数多く見つける事が出来ます。
神社には御神木があり、
山の神を祀る神社もあります。

東洋では山や川の連なりを龍に見立て、
山龍・水龍と呼んだりしますが、
徐福が持ち込んだ可能性のある
ギリシャの自然の精霊の概念には、
どのようなものがあったのでしょうか。

プラトンの著『パイドロス』には、
ソクラテスがニュンペー(精霊)について
話をしている箇所が存在しています。

ソクラテスはプラタナス樹の下に着くと、
生い茂る樹木の枝葉と花の美しさや芳香、
下を流れる泉のやさしい流れ、
吹き抜ける風、蝉たちの歌声、
寝心地の良さそうな草等を讃えます。

近くに小さな神像・彫像が捧げらているので、
ニュンペーやアケローオス(河神)のいる
神聖な土地だと語っているので、
ギリシャでは自然界の精霊の存在を
神聖視して尊重していた事が分かります。

ニュンペーは山や川、森や谷に宿り、
これらを守る下級女神とされていて、
歌と踊りを好む若く美しい女性の姿で、
「花嫁」や「新婦」を意味しています。

海、水、木、山、森、谷、冥界など、
住んでいる場所のより分類されます。
多くのニュンペーは不死や長寿を誇りますが、
樹木のニュンペーはが枯れた時に、
一緒に死ぬとされています。

庭園や牧場に花を咲かせ、家畜を見張り、
狩りの獲物を提供し、病を治し、
守護する泉の水を飲む者に予言の力を授ける等、
様々な恩寵を与える者として崇拝され、
ニュンペーのいる泉に供物が捧げられたそうです。

人間と同じく様々な性格のニュンペーがいて、
アルテミスやディオニューソスなどの
野性的な神々に付き従って山野などで踊り狂い、
森の中を行く旅人を魔力で惑わせたり、
姿を見た者にとり憑き正気を失わせるとされます。

ニュンペーは恋する乙女であり、
神々や精霊、人間と交わって子を生み、
太陽神アポロンとニュンペーのダフネが
エロスの神により振り回された事や、
ニュンペーが半神である英雄も
生んだ事が伝えられています。

神話や伝承に存在するニュンペーの物語は、
徐福によりギリシャ神話と共に、
この国に入っていたのかも知れません。

神々の戦・ティタノマキアの勝利の後、
ゼウス・ハデス・ポセイドンはくじ引きをし、
それぞれの支配する世界を決めますが、
古事記ではイザナギが黄泉の国から逃げ帰り、
天照大神・月読・スサノオに統治を命令します。

この後は日本神話には記されていませんが、
地上は大地母神ガイアの世界なので、
三神が共同で管掌する事にしたそうです。

地上には太古より様々な精霊が存在し、
精霊の多くは女性であったとされますが、
ニュンペーと対になる男性の精霊は、
下半身が動物であったり角が生えている等、
人間とは若干違った形で伝えられています。

ホメロスの詩にうたわれている
ニュンペーへの崇拝や祭儀は、
考古学的に確認されているそうです。

ギリシャにはウブスナ神への信仰もあり、
神道と類似した要素が数多く見受けられるのは、
徐福が神道に影響を与えたからでしょうか。

精霊にも格があって上には神々と通じ、
身近な自然の中にいて人と共存する世界観は、
古代の八百万の神々の概念を考える上で、
非常に参考となるものでしょう。

自然の恵みも神々や精霊の働きであり、
人との関わりと同じように自然と接し、
彼らとの関係を良いものとする事で
豊かな人生を謳歌してきたなら、
アニミズムの一言で片付けるには貧し過ぎます。

この世界観の上に高度な哲学を有し、
優れた学術研究が行われたアレクサンドリアは、
自然に対するおごりで突き進んだ現代文明に、
どれ程の価値を提供出来るのでしょうか。

古代大和にこの世界観が持ち込まれていたなら、
自然との共生は現代とは全く違った次元のものです。
環境、産業、都市開発などをこの観点から見直せば、
新たな時代のビジョンが浮かびがって来るようです。

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