『壬申大乱』

吉田武彦氏の『壬申大乱』を読んでいますが、
中々面白い角度から研究なさっている方ですね。
この周辺の時代は私の研究対象なので、
色々な研究があるのは面白いところです。

天武天皇が吉野行幸をした前後に
計四千人余りの唐の軍勢が
倭国に押し寄せて来たとされ、
これを進駐軍ではなかったかとしています。

太平洋戦争の敗戦直後には、
マッカーサーが二千人弱の兵士を
連れてきたそうです。

倭国軍が白村江で大敗した後、
日本国内を二分する壬申の乱が起こり、
邪馬台国の鬼神は悪者にされ、
古事記・日本書紀により
歴史の書き換えがなされたのは
今まで散々書いてきています。

唐の武即天がキリスト教・マニ教・
ゾロアスター教の三教を保護した事なども
日本に多大な影響を与えたとする記事も
既に書きましたね。

氏は九州王朝説を提唱していますが、
九州ではなく三遠で解釈すると、
私の研究に近いところが出てくる感じです。

関東の稲荷山古墳から出土した鉄剣に
ワカタケルと彫られていたとして
古代関東王国説で盛り上がりましたが、
九州からもワカタケルと彫られた鉄剣が
出土しています。

歴史家はワカタケルを雄略天皇としますが、
私は雄略天皇=ヤマトタケル説で、
倭の五王は東西の国々を統治したと
中国側の書物に記されているので、
九州ではなく日本の中心に近い地域に
王朝があったと考えています。

九州と三遠には安曇族の痕跡があり、
双方のエリアは分断されていた訳ではなく、
日本のどこに首都があったか程度の話ですね。

日本はアメリカに太平洋戦争で負けましたが、
アメリカも大統領選を控えて大きく変わる機運があり、
日本も大きく変わるのを余儀なくされるでしょう。

心理学者のユングは意識が前を向くと
無意識は後ろを向いているとしたそうですが、
未来の展望を考えるなら過去も見直し、
その見識を新たにしておくのが良さそうです。

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