寺と仏教

古代中国の寺は政祭一致の
行政機関とされており、
ここで仏教が教授された事から
寺と仏教が繋がったそうです。

ここまでの話は一般論なので、
これ以上の詳細は分かりませんが、
仏教と言っても系統があり、
全く違った中身になりかねません。

中国への仏教導入の時期は、
既存の説から考えて行くと
大乗仏教になりかねませんが、
かのアショーカ王の仏教は
世界に広まったとされています。

一般的な世界史の説からすると、
この時代に中国への伝来は
無かった事になるのですが、
徐福と同時代の人物であり、
徐福はインドから薬師如来像を
持ち帰ったと言われています。

中国の歴史書を書いた司馬遷には、
色々と書きたい事はありますが、
結構な量になりますね。

秦で焚書があった事は有名ですが、
歴史書が焼かれた後に改竄され、
その痕跡が隠蔽されたのであれば、
政祭一致の行政機関と関係したのは
アショーカ王の仏教なのでしょうか。

この痕跡は武則天の影響を廃し、
唐を立て直した玄宗の時代までは
存在していた可能性がありますが、
一神教勢力による安史の乱により
抹消された可能性が高いです。

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