小野氏と密接に関わる神社に、
菅田神社・竹田神社があります。
菅田神社・竹田神社の祭神は、
天目一箇神とされていますが、
八幡神を一つ目とする伝承も
残されている事を考えると、
かなり根が深そうですね。
八幡神は一つ目や片目の神と
されている事がありますが、
本拠地とされているので、
小野氏と同族である柿本氏の
柿本人麻呂にも片目伝承が
残されていたりします。
柿本人麻呂云説の西の中心地は、
島根県の石見国とされています。
桜井満氏は石見に職業集団の
タタラと木地屋がある事を指摘、
共に中国山脈を中心とした
山地を職場として移動した
痕跡があるとしています。
石見国におけるタタラ師や
木地屋の移動・土着の痕跡と、
柿本神社の分布が重なるそうで、
柿本人麻呂信仰や伝説には、
山で活動したタタラ師や木地屋が
関与していたと推測しています。
となるとある惟喬親王が木土師の
祖となった話は捏造であり、
以前から存在していた勢力の
長であった線が濃そうですね。
石見国の柿本人麻呂と関係した
神社には三十一社が数えられ、
八幡宮と密接に関わる事を
指摘されているのですが、
歌聖ではなく鍛冶神として
祀られていた事になります。
となると小野氏は八幡神の謎に
深く関わる事になりそうですが、
一般的な応神天皇説よりも、
遥かに深い謎に関わるります。