東福寺周辺を調査した後に、
喫茶店で色々と話しましたが、
色々な武術をしているそうで、
花祭の舞の武術的な解釈で
話が盛り上がっていました。
色々と話しをしていると、
農業を始めるとの事なので、
デメテルの本を贈りました。
直接農業をやるだけでなく、
仲間や移住者達とも協力して
農作業を行うとするのなら、
どの様な文化を創るのかも、
重要な要素となって来ます。
カルチャーとカルティベイトに
共通性が存在しているのなら、
農業と文化を切り離して考える
現代の思想が浅いのでしょう。
となると農業に関する総合的な
会話の中身のレベルによって、
その人の文化的レベルすらも
測る事が出来るのでしょう。
農業を疎かにした文化人は
文化人足り得ない事になり、
西洋から導入された思想に
毒されている人物であれば、
花祭の研究が広まるにつれて
浅さが露呈して来そうですね。
花祭では太鼓の響きを感じて
体を一緒に動かしている人を
結構見かける事がありますが、
苦渋に満ちた顔での鍛練より
楽しみに満ちている姿が、
かなり印象的でありました。
オリンピックでは薬物使用より、
好きな音楽を聴きながらの方が
パフォーマンスが上がるので、
ウォークマン禁止だそうですが、
太鼓に合わせて農作業をすれば
楽しみながら出来そうですね。
しかも掛け声を一緒に出せば、
無言の作業よりも身体的な
潜在力を引き出す事が出来、
花祭で培われた舞の動きを
楽しんでいる中で農作業が
終わっている感じになります。
これは中々に素晴らしい文化で、
舞そのものに教養的な価値を
認める事についての議論は、
プラトンの著作を全て読んだ
方々であれば分かるでしょう。
まさに文化と農業が根本的に
合致している事になりますが、
花祭の舞は見ていても飽きず、
ヤマトの民の体本来の動きに
合っている感じがしますね。
教えて貰った舞を一生かけて
練り上げる事の価値には、
現代人の想像以上に深い
領域が存在していそうです。
農家が減少し食糧が不足すると
地方移住が急激に進みますが、
困った人達も大勢入って来る
可能性も高くなって来ます。
余裕がある段階に地方の祭を
好きになった人が移住すれば、
地域との関係が良好になり
村八分も防げる可能性は、
相応に高くなりそうですね。
祭を通じて地域が一緒に
協力する経験が得られ、
地域で子供を育てる文化が
醸造されて来るのなら、
農家は文化その物であり、
祭こそがそれを繋ぎます。
この根幹に関わる祭こそ
花祭であったとすれば、
花祭の研究が進む事により
文化・農業の振興すらもが
可能になって来そうですね。
花祭には天神・大威徳明王や
地神・堅牢地神なども登場し、
天地の神々と共に喜び会う
古代祭祀の姿が見えますが、
自然界を支配しようとする
現代農業と根幹的に別物です。
自然との調和も某界隈の
お題目となっていますが、
昔は地域~国家単位での
祭祀で行われていた物で、
陰陽道にも関与します。
これはこの国本来の人達の
総合的なレベルの底上げに
かなり寄与しそうな話しで、
花祭経験者と話しをする程、
ポテンシャルを感じます。
思想だけでなく身体にまで
染みつけられた汚染すら、
浄化してくれそうな気配も
感じられたお茶会でしたね。