古戸のは榊鬼

二日に聖地を参拝した後に、
奥三河の花祭に行きました。

村中で掛け声を上げるのは、
倭国での地域の暖かさを
感じさせてくれるのですが、
現代人が忘れた物ですね。

精神性を語る人もいますが、
花祭を全国的に復興する方が
よほど精神にプラスな感じを
受けてしまうのも不思議です。

顔見知りも何人か来ていて、
知人を紹介して頂きましたが、
何故か凄い人が集まりますね。

京大のなんか凄い方もいて、
最先端の研究をしていても
最古の祭である花祭から、
インスピレーションが
得られるようですね。

東大の宗教学専攻の人は
国学派の本を出すそうで、
現在のブログテーマなので
色々と話して来ましたが、
私も一応は通用しています。

プロには通用しない的な
上から目線での非難は
議員等から言われますが、
プロと普通に話せるので
利害や驕りを感じますね。

ただ紹介してもらったら、
私の雰囲気が怪しいので
気になっていたと言われ、
正月から爆笑できました。

何かしら常人とは違う
怪しいオーラを纏う
ヤバい人になっている
自覚は薄くあったので、
私もまだまだですね。

以前は中二病アイテムの
月光を弾いていましたが、
陰の実力者ムーヴをかまし
モブに徹せれていないなら、
まだまだ中二病失格です。

この日は軽く雪が降って
スリップする人が多く、
日の出まで移動をせずに
同じ場所にいましたが、
面白い物が見られました。

普段は移動して別の花祭を
見ていたのがネックとなり
榊鬼を見なかったのですが、
古い榊鬼に出会ったのは、
非常に衝撃的な経験でした。

久しぶりに曾爺ちゃんに
会った様な感覚がして、
懐かしくて泣きそうな
感動が込み上げますね。

私だけかも知れませんが、
母方の叔父が奥三河出身で
花祭経験者であったので、
DNAに何か刻まれていて
反応したかも知れません。

倭国は日出処国であるので、
崩壊し続けている現代文明に
新たな光を照らす役割こそ、
存在意義となるのでしょう。

日の出まで粘る事になって
花祭初の日の出拝でしたが、
霜月神楽であれば太陽神の
死と復活の岩戸開きなので、
日の出まで見てナンボです。

山見鬼が山を割る姿も、
シラヤマ=岩戸を割って
光を見せる動きであれば、
岩戸開きの儀礼でしょう。

今年の三ヶ日は聖地づくしで
貴重な経験が出来ましたが、
ここから新しい太陽が上る
動きを出したいものです。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする