日本と新羅仏教の関わり
702年に遣唐使が再開されると、 新羅に派遣される学問僧は、 正史で取り上げられなくなります。 新羅は唐と組む事によって 百済や高句麗を滅...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
702年に遣唐使が再開されると、 新羅に派遣される学問僧は、 正史で取り上げられなくなります。 新羅は唐と組む事によって 百済や高句麗を滅...
石野修氏は『遠州渋川の歴史』で、引佐町四方浄に熊野三社があり、四方仏の拠点があったとしています。 熊野と言えば徐福なのはもう良いです...
今までの私の研究で言うと、 徐福から邪馬台国を経て 邪馬台国滅亡の壬申の乱まで ある程度書いて来てはいます。 そこから志多羅神上洛事...
南朝についてまだ書ける事は多いですが、ブログでの執筆はここまでとなります。 結論は壮大なものとなりましたが、データと根拠を提示した上...
豊川稲荷で祀られるダキニと愛染明王がイシスとオシリスであったのであれば、徐福と同時代のヘレニズム文化におけるエジプトアレクサンドリアの儀礼...
イシス信仰が盛んになる以前は、ハトホル女神が信仰されており、イシス神がハトホルに代わり信仰を集めると、ハトホルから受け継いだ牛の角と太陽円...
豊川稲荷がエドフ神殿なら、稲荷の狐も元はジャッカルで、アヌビス神を連想させます。 この神は人間の生死に関わり、特にファラオの埋葬への...
アレクサンダー大王は領土を拡大し、サトラップと呼ばれるやり方で、各地の統治を任せていました。 エジプトのアレクサンドリアでは、プトレ...
愛染明王のサンスクリット名はラーガラージャとされますが、ラーガは赤色・情欲・愛染、ラージャは王を意味するので、明王より愛染王とした方が本来...
人間の愛欲を悟りに導くとされる独特な地位を占める愛染明王は、赤の王ともされています。 後醍醐天皇が生涯信仰したとされる愛染明王とは一...