後醍醐天皇と蔵王権現
豊川市御津町の蔵王神社は、天明元年(1781)創建とされ、国常立尊を御祭神としています。 三河吉野朝の本を読に記してある所では、この...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
豊川市御津町の蔵王神社は、天明元年(1781)創建とされ、国常立尊を御祭神としています。 三河吉野朝の本を読に記してある所では、この...
笠置寺で最大の見物が焼けた弥勒菩薩の磨崖仏(まがいぶつ)ですね。 高さ15mもの巨石に彫刻された菩薩像が戦火により表面が焼け...
伊勢外宮の神官であった度会家行は、 伊勢神道の大成者とされるに止まらず、 北畠親房を支援し軍事にも関与しました。 家行は『類聚神祇本源』の...
明治維新の後に神仏分離が強行され、 国家神道の国教化政策が進められた事は、 歴史に多少明るい方ならご存知でしょうが、 熊野の神社も八~九割廃...
豊橋市牛川町の熊野神社は、道路工事前は鬱蒼とした林の中にひっそりと鎮座してましたが、社殿も新たに建て替えられました。 この神社の創建...
神道関係の著作で有名な鎌田東二氏は、修験道とアーユルヴェーダを、同じものと語られている様です。 役小角より前にインドから来て那智で修...
那智大社の青岸渡寺(如意輪堂)は、仁徳天皇の御代(313~399)に、インドから熊野に漂着した裸形上人が那智で滝行をしている最中に滝壷から...
後白河上皇は異常な数の熊野参詣をし、後鳥羽上皇の二十八回がこれに続きますが、後嵯峨上皇は二回、亀山上皇は一回のみで、後鳥羽上皇以降の数の激...
川崎剛志は氏の研究論文である「『熊野権現金剛蔵王宝殿造功日記』という偽書」で特筆すべき成果を上げているとされます。 『熊野権現金剛蔵...
鎌倉時代成に記された日本初の仏教通史とされる『元亨釈書』に、円珍の熊野参詣が記されています。 珍詣紀州熊野、適風雨晦冥。迷失路、俄大...