ソランと蔵王
『諸山縁起』に記された役小角は、発心門で出会った老人から、熊野の地主神・麁乱(そらん)神が熊野権現の来臨により居場所を失い、発心門・滝尻・...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
『諸山縁起』に記された役小角は、発心門で出会った老人から、熊野の地主神・麁乱(そらん)神が熊野権現の来臨により居場所を失い、発心門・滝尻・...
南北朝時代中期に成立したとされる『神道集』第六巻の中に記された「吉野象王権現事」にこうあります。 吉野象王権現事 抑象王権現者...
吉野の金峯山寺の足下に、小さな稲荷社が存在しています。 1333年、後醍醐天皇が夜中に吉野に逃げる途中に道に迷い、 むば玉の暗...
豊川市御油町の八面神社は、楠社と呼ばれていたと言います。 三河吉野朝の研究においては、この周辺に王田殿という御所が有り、長慶...
『青木文書』には寛成親王(長慶院)が天皇山明燈院(豊川市御油町西沢)で降誕し、六歳の時までここに住んでおられ、明燈院の細川貞海和尚と共に吉...
ある程度は周辺情報を押さえてきたので、 そろそろ本丸の東三河の南朝の研究を 手掛けていこうかと思います。 ここに南朝(吉野朝)の正流が存在...
延元二年(1337)に弘真が著したとされる『金峯山秘伝』下卷の蔵王権現にこうあります。 主上の御修行のおんために蔵王次第、これを記し...
一通り出し尽くした感のある南朝ですが、ここまでは前振りでしかありません。 南朝の歴史が捏造であったとしても、本来の南朝の姿がどの様な...
稲荷信仰には原初の層が存在し、五穀豊穣と男女の密接な交わりを結びつける信仰があったそうです。 稲荷の狐の起立した尾は男根を意味し、狐...
稲荷信仰と言うと狐が連想されますが、伊勢にも狐が密接に関わっています。 外宮の祭神・豊受大神の霊獣が狐で、「専女(とうめ)」と呼ばれ...