『神武天皇論』
羅山は泰伯皇祖説を称えたとされており、周王朝の王子であったが優れた弟に皇位を譲るため日本列島に渡来した泰伯を立てていたと言うだけでなく、 ...
遥かなる太古の三遠と今後のビジョンの探求
羅山は泰伯皇祖説を称えたとされており、周王朝の王子であったが優れた弟に皇位を譲るため日本列島に渡来した泰伯を立てていたと言うだけでなく、 ...
江戸時代になると神道の中でも、本地垂迹説に基づく本迹縁起神道と、密教と密接に習合した両部神道と、仏本神従の神仏習合を否定して神道こそ仏教・...
林羅山は元和七年(1621)の秋には、『徒然草』の注釈書とされる『野槌』を書き上げたとされます。 慶長九年(1604)には秦宗巴が『...
長崎に旅行した25歳の時の林羅山は、『本草綱目』を購入し家康に進献します。 約一九〇〇種の生薬を十六部に分けて解説した当時の漢方薬に...
羅山の神道説を見てみると、政治の根幹を天人合一した為政者が天地の神々と共に輝ける世を創る儒教の思想を先鋭化させた事が伺えます。 現代...
『神道伝授』二十五では 周易ニ神明其徳ト云ハ人心ノ中ニ具タル道理明成ヲ神明ト云也 と心に具わる道理=理が神とされますが、心ノ神...
林羅山の神道伝授には八十九条の奥儀秘説が挙げられていますが、吉田神道では神道の秘伝が一位二位三位四位の四段階あり、最高奥秘の四位重位伝は一...
今中寛司氏は林羅山の政治論の中に儒家の徳治主義と法家の法治主義が混在すると言いっている様ですね。 源了圓氏は林羅山の思想の中には、朱...
羅山は、『神道伝授』三十五「神之理」で、 神ハ形ナシトイヘドモ。気ナス故也。一気ノ萌ザル時モ、萌シテ後モ、此理本ヨリ有テ、音モニホイ...
羅山の『神道伝授』で幕府の神道観を伺う事が出来るとするのであれば、ここを見ずして江戸の政祭を語るのはナンセンスとなりかねないでしょう。 ...