『詩経』の大序

『詩経』は漢代にプ口口ーグが作られ、
「大序」に詩経の六義が説明されます。

詩に六義あり。
一に風、二に陚、三に比、
四に興、五に雅、六に頌。

上は詩で下を風化し、下は詩で上を風刺する。
文を主とし諫めれば、これを言う者に咎はなく、
これを聞く者の戒めに足るが故に風と言う。

王道は衰え、礼儀は廃れ、政教は失われ、
国は政治を異なり、家の俗は乱れるに至り、
変風・変雅の詩が作られた。

国史は得失の跡を明らかにし、
人倫が廃れてたことを傷み、
政刑が苛酷になったことを哀れみ、
情性を吟詠して上を風刺し、
事変に達して古い俗を懐う。
故に変風は情を発し礼儀に止まる。

情を発するのは民の性、
礼義に止まるは先王の沢、
これをもって一国の事が
一人の本に繁るを風という。

天下の事を言い四方の風を形するを雅と言う。
雅は正であり、王政の興廃する所を言う。

政に大小あり、故に小雅があり、大雅がある。

頌は盛徳の美を形容し、その成功を
輝ける神々に告げるもの。

これを四始と言い、詩の至りである。

民の思いを上に告げたり、
政治の現場で用いられたり、
神々への祈願に詩が用いられ、
絶大な効果があったとする
現場で用いられた言霊こそ、
詩と言う事なのでしょう。

近年、これらの解釈について
様々な研究がなされており、
古代祭祀の思想的部分にまで
立ち入る事の出来る分野として
研究の流れが出て欲しい所です。

神道の起点をどこに置くかは、
様々な説があるでしょうが、
徐福が詩を持ち込んでいたなら、
紀元前二百年頃には詩が存在し、
この国で栄えていた事になります。

これは邪馬台国より四百年程前で、
これだけで後進国とされた倭国に
優れた文明があった事になりますね。

縄文を持ち出すと殆どイメージで
語られる事になりかねませんが、
固有の優れた文化を主張するより、
シルクロードの東端であったなら、
大陸文化の精髄が集積するだけで
かなりのレベルを誇れます。

現代の神道には鬼道が存在せず、
本来の神道と言えるものかは、
難しい部分がありそうです。

徐福以前から日本列島に
詩が存在したとする仮説を
挙げる事は可能なのですが、
まあどちらでも良い事ですね。

古代の祭祀に詩が関わったなら、
言霊を追及するために避けられない
重要な課題が詩となるでしょう。

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