渤海使

渤海は七世杞末に中国東北部から
朝鮮半島北部にかけて建国され、
旧高句麗領の大半を領土とし、
最盛期には、現在の中国吉林省・
黒龍江省・遼寧省・ロシア沿海州・
朝鮮半島北部を含む巨大国家でした。

建国(698)から滅亡(926)までの
約230年間に活発な対外交渉を行い、
唐に百回余、日本に三三回余の
使いを出したとされています。

日本は渤海国へ送使を含めて
一三回の使節を派遣したとされ、
唐よりも交流の深い渤海との
関係が語られていない状況は、
ある意味異常と言えるでしょう。

渤海使・遣渤海使の記録は、
『続日本紀』や六国史などの
日本側の史料に集中しており、
諸外国の史料と比較する事が
難しい状況にあります。

現代でも国内外のメディアから
情報収集する人からすると、
国内メディアしか見ない人は、
誤情報を信じているように
思われるケースがありますね。

日本語と韓国語は文法が共通し、
それ以外の言語はほぼ共通なので、
英語さえ出来ればネット翻訳でも
大抵の国のニュースは理解可能で、
現代は情報鎖国に近い状態です。

道真公は渤海使との交流で
優れた成果を残したとされ、
流石は土師氏と言った所です。

この複数の渤海使の歴史と
日本史の謎がリンクしており、
道真公の隠された領域にまで
関わる可能性が存在しています。

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